引退牧師の娘日記

クリスチャンになるため、教会の問題(牧師の自殺、牧師家庭の生活苦、不条理な要求等)を振り返りたい

東日本大震災と信仰

2018年02月24日 | 東日本大震災
原発事故により、放射線量が思ったより下がらなかったことで精神的にどうにもならなくなり、2011年夏から教会閉鎖までの一年半、福島から西日本にある自分が育ったA教会に自主避難していました。
福島市のアパートを引き払うとき、引っ越しの手続きをしていると、自主避難を決めた私に、ある人がこう話してきました。

「あなたは、自主避難できるからいい。自主避難できない私たちはどうすればいいんですか‼」

何も返答ができませんでした。

自主避難したことに後ろめたさを未だに感じます。

自主避難したのは、人体実験をされているような気持ちになったからです。低放射線量を浴び続けることで人体にどんな影響があるか判らないと学者たちが主張していましたから。

今は福島県に戻ってきています。夫の県外転勤はおそらくないので、このまま福島にいることになりそうです。

自主避難したときと今の福島の状況は、あまり変わらないような気がします。復興が進んでいないということです。原発事故も収束していません。

自主避難したときと違って、福島にいてもジタバタしなくなったのは、信仰心を取り戻しつつあるからかもしれません。自分が置かれた福島で神様から与えてもらった賜物を生かそうと思っています。
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