これまでブログ記事のタイトルを決めるのが面倒だったので、
そのまま日付をタイトルにしていた。
しかし、あとあと読み返したり、記事の一覧を眺めたりする時に分かりにくいということもあって、
今後はきちんとタイトルを決めてブログ記事を書くということになった。
「ということになった」といっても、別に誰かに相談して決めたのではない。
自分で勝手に決めたのである。
2月も始まって、ちょうど区切りの良い時期でもあるし、
初心に戻って・・・というほどでもないが、できるだけ長く読まれるようなブログにしたいと思う。
ところで、以前はあまり重視されてこなかったが、
歴史研究では「オーラル・ヒストリー」と呼ばれるアプローチが評価されるようになってきた。
要するに、歴史的な人物に対して、歴史家がインタビューを行なって、
当時の雰囲気や判断の様子などを詳しく聞き出すという手法である。
メリットとしては、記録文書には出てこない秘話や関係が証言として出てくる可能性があることで、
それがうまく引き出せたら、大きな成功と言える。
一方、デメリットとしては、証言を裏付けるものがインタビューを受ける人物の記憶に依拠しがちなため、
必ずしも実証的な研究に結びつくとは限らないという点である。
つまり、学術研究にジャーナリストの手法を採用したものでしかなく、
文書を重視する歴史研究の世界では、今もまだ批判的な姿勢を示す人も少なくない。
また、立場が異なる人物がいて、そのうち、一人がすでに死去していた場合、
片方の言い分のみが証言として採用されることになり、
バランスの上でも不均衡と言われる可能性があることである。
したがって、オーラル・ヒストリーの手法を取り入れようとする人は、
こうしたデメリットの部分にも留意しながら、歴史的証言として扱っていることが必要である。
もちろん、オーラル・ヒストリーでは、聞き手の技術も大きな比重を占める。
不勉強で話が分からなければ、いくら多大な時間を重ねて証言を聞き出そうとしても、
有意義な証言が出てくることはないだろう。
逆に、聞き手の技術が高ければ、様々な記憶が蘇って、意外な真相や裏話が聞けるかもしれない。
この手法の旨味は、まさにその部分にあるのである。
しかし、どのようにインタビューを試みればよいのか、よく分からないのも実情である。
いくつかジャーナリストが書いたハウツー本に、インタビューの作法を紹介したものもあるが、
個人的には、小説家の筒井康隆氏が紹介している「インタビュアー十カ条」が一番分かりやすいと思う。
少し長いけれども、ここに紹介してみたい。
1.前もって相手に関する下調べをすること。
特に現在、どんな位置についているか。つまり最新の仕事や、功績や、どんな賞をとっているかなど。
2.相手の言ったことばを文脈で理解すること。
3.リライトする際、自分によく分からないというだけの理由で、その部分をカットしないこと。
4.質問に、自分の意見をさしはさまないこと。
5.相手の話が分かりにくくなった時は、
自分の質問のしかたに影響されているためではないかと疑い、気遣うこと。
6.原稿起しの段階で分からない部分は相手に尋ねること。
7.無礼な質問をした場合、報復として真実でない答えが返ってくることを覚悟すること。
8.相手がいかに偉い人物であっても、逆に対して笑いを堪える必要はない。
9.相手の地位や教養が自分より下だと思っても、絶対に表情、言動に示してはならない。
10.極めて常識的に、衣服の異臭、頭髪の悪臭や不潔、口臭、顔面の発汗、
「ふんふんふん」という鼻先での軽い返事などは避けなければならない。
筒井康隆「インタビュアー十カ条」
『笑犬棲よりの眺望』(新潮文庫、1994年)410-411頁
おそらく筒井氏自身が多くの不愉快なインタビューを受けてきたために、
こうした十カ条を作る気分になったのであろう。
だが、歴史家の場合、下手に自分の方が当時の歴史に詳しかったりするだけに、
相手の証言に対して、「でも、○○ではこうなっていますよ」といった具合に、
余計な修正や訂正を差し挟むことは十分に考えられる。
結局、話を聞く人間として、「常識」的な態度で臨めば、特に問題ないのだが、
色々な事情があって、その常識が生かされることは案外少ない。
気をつけたいものである。
そのまま日付をタイトルにしていた。
しかし、あとあと読み返したり、記事の一覧を眺めたりする時に分かりにくいということもあって、
今後はきちんとタイトルを決めてブログ記事を書くということになった。
「ということになった」といっても、別に誰かに相談して決めたのではない。
自分で勝手に決めたのである。
2月も始まって、ちょうど区切りの良い時期でもあるし、
初心に戻って・・・というほどでもないが、できるだけ長く読まれるようなブログにしたいと思う。
ところで、以前はあまり重視されてこなかったが、
歴史研究では「オーラル・ヒストリー」と呼ばれるアプローチが評価されるようになってきた。
要するに、歴史的な人物に対して、歴史家がインタビューを行なって、
当時の雰囲気や判断の様子などを詳しく聞き出すという手法である。
メリットとしては、記録文書には出てこない秘話や関係が証言として出てくる可能性があることで、
それがうまく引き出せたら、大きな成功と言える。
一方、デメリットとしては、証言を裏付けるものがインタビューを受ける人物の記憶に依拠しがちなため、
必ずしも実証的な研究に結びつくとは限らないという点である。
つまり、学術研究にジャーナリストの手法を採用したものでしかなく、
文書を重視する歴史研究の世界では、今もまだ批判的な姿勢を示す人も少なくない。
また、立場が異なる人物がいて、そのうち、一人がすでに死去していた場合、
片方の言い分のみが証言として採用されることになり、
バランスの上でも不均衡と言われる可能性があることである。
したがって、オーラル・ヒストリーの手法を取り入れようとする人は、
こうしたデメリットの部分にも留意しながら、歴史的証言として扱っていることが必要である。
もちろん、オーラル・ヒストリーでは、聞き手の技術も大きな比重を占める。
不勉強で話が分からなければ、いくら多大な時間を重ねて証言を聞き出そうとしても、
有意義な証言が出てくることはないだろう。
逆に、聞き手の技術が高ければ、様々な記憶が蘇って、意外な真相や裏話が聞けるかもしれない。
この手法の旨味は、まさにその部分にあるのである。
しかし、どのようにインタビューを試みればよいのか、よく分からないのも実情である。
いくつかジャーナリストが書いたハウツー本に、インタビューの作法を紹介したものもあるが、
個人的には、小説家の筒井康隆氏が紹介している「インタビュアー十カ条」が一番分かりやすいと思う。
少し長いけれども、ここに紹介してみたい。
1.前もって相手に関する下調べをすること。
特に現在、どんな位置についているか。つまり最新の仕事や、功績や、どんな賞をとっているかなど。
2.相手の言ったことばを文脈で理解すること。
3.リライトする際、自分によく分からないというだけの理由で、その部分をカットしないこと。
4.質問に、自分の意見をさしはさまないこと。
5.相手の話が分かりにくくなった時は、
自分の質問のしかたに影響されているためではないかと疑い、気遣うこと。
6.原稿起しの段階で分からない部分は相手に尋ねること。
7.無礼な質問をした場合、報復として真実でない答えが返ってくることを覚悟すること。
8.相手がいかに偉い人物であっても、逆に対して笑いを堪える必要はない。
9.相手の地位や教養が自分より下だと思っても、絶対に表情、言動に示してはならない。
10.極めて常識的に、衣服の異臭、頭髪の悪臭や不潔、口臭、顔面の発汗、
「ふんふんふん」という鼻先での軽い返事などは避けなければならない。
筒井康隆「インタビュアー十カ条」
『笑犬棲よりの眺望』(新潮文庫、1994年)410-411頁
おそらく筒井氏自身が多くの不愉快なインタビューを受けてきたために、
こうした十カ条を作る気分になったのであろう。
だが、歴史家の場合、下手に自分の方が当時の歴史に詳しかったりするだけに、
相手の証言に対して、「でも、○○ではこうなっていますよ」といった具合に、
余計な修正や訂正を差し挟むことは十分に考えられる。
結局、話を聞く人間として、「常識」的な態度で臨めば、特に問題ないのだが、
色々な事情があって、その常識が生かされることは案外少ない。
気をつけたいものである。