くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

ニンジン(75)

2019-01-09 21:20:51 | 「ニンジン」
 ロンドン・ブリッジという名前がはたしてふさわしいのか、店はイタリア料理店だった。
 奇抜なヘアーモデルが、まぶしいほど大写しにされたサロンの看板のおかげで、その下にある地味な木の扉を、すっかり見落としてしまった。店の前を素通りして、そのまま人気のない道路にさしかかり、ようやく通り過ぎたことに気がついて、あわてて引き返した。
 余計に歩いたおかげで、心持ち息が上がっていた。

「いらっしゃいませ」

 ドアを開けて中に入ると、香ばしいピザ生地の香りと、ワインの酸っぱいアルコールが、むせ返りそうなほど一気に吹きつけてきた。
 オレは薄暗い間接照明の中を奥に進み、席に座っている客を見渡すと、カウンターの向こうに立っている店の男に聞いた。
「ホームズさんって、来てます?」
 店の男は手を止め、ぽかんと目を見開いて言った。
「――えっ」
 気まずくなったオレは、頭を掻きながら言った。

「待ち合わせなんだけど、ほぅむずって人、います?」

 店の男は首を傾げながら、わずかに目を白黒させると、思い出したように言った。
「ああ、雪野さんですね。いらっしゃってますよ」
 あちらです。と、手を伸ばした方を見ると、4人がけのテーブルに1人、こちらに背を向けてワイングラスを持っている女がいた。
 オレは小さく会釈をすると、軽く唇を噛みながら、女がいる席に向かった。

「どうも、赤木です」

 静かに挨拶をすると、女はワイングラスを口に運んだまま、驚いたようにオレを見て、クスリと笑った。
 怪我をして気を失っている姿しか知らなかったから、綺麗な瞳がぱっちりと大きく開いているのを見ると、危うく吸いこまれてしまいそうだった。
「遅かったわね」と、女はぎすぎすした口調で言った。「もう少しで帰るところだったんだけど」
 かわいらしいな、と一瞬でも思ってしまったことを後悔させるには、十分だった。
「約束どおりだろ」と、オレは席に着きながら言った。「これ以上早かったら、店が開く前から外で待たなきゃならない」
 あらら、と女が眉をひそめ、思い出すように言った。
「さっきそっくりな人が店の前を通り過ぎたんだけど、あれって見間違いだったのかしら」
ジャンル:
小説
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