くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

ニンジン(76)

2019-01-10 20:23:18 | 「ニンジン」
 すぐには言い返さず、オレは注文を取りに来た店の女の子に、ノンアルコールビールを頼むと、側にあったメニューを手にしながら言った。
「そりゃ、他人のそら似だよ」

 ――プッ。

 女が吹き出した。
「あんた、ユキノって言うんだろ」と、オレは向かっ腹が立つのを抑えながら言った。
 女は、口に運んだワイングラスを途中で止めて、じっとオレを見た。
「近頃の泥棒は、堂々と名札をつけて歩いてんのか」
「だったら」と、女がテーブルに頬杖をつきながら言った。「なにも隠し立てすることがないなら、本名を知られたからって、別に困ることなんてないと思いますけど」
 言っていることがわかりません。そんな言い方だった。
「白いマスクの警察官に、ユキノっていう手配中の泥棒が店にいますって、今すぐ通報したっていいんだぞ」
 クックックッ……と、泥棒女が笑った。
「いいわよ」と、店の女の子が注文した飲み物を運んできた。「ねぇ、あたしのこと知ってる?」
「はい」と、店の女の子が困ったように言った。
 誰だか言ってあげて、そう無理強いされて、女の子が言った。
「名前は雪野沙織さんで、仕事は、数学の先生でしたよね」
「ありがとう」と、泥棒女は言った。「わたしにも、おかわりお願いね――」
 店の女の子が「はい」と言ってテーブルを離れると、オレは言った。
「うそだろ。なんの小芝居だ」
「へぼね」と、泥棒女は言った。「本名以外にないでしょう。わたしの顔、見覚えない」
「――」オレは、じっと顔を見た。
「はい、時間切れ」と泥棒女が言った。「雪野っていう数学者よ。前に女性ではめずらしいって、メディアにも取り上げられたんだけど、覚えてない」
 オレは、ノンアルコールビールを口に運びながら、正直に言った。
「知らない」
 泥棒女は、おかわりしたワインを口に運びながら、「ああ――」と、あきれたように宙を仰いだ。
「どこのローカルニュースか知らないが、小さすぎて記憶にも残らなかったんだろうさ」と、オレは言った。「とんだ亀を助けたもんだ」
「頼んだわけじゃないわ」と、泥棒女が言った。「お節介が過ぎたのよ」
「それとも、竜宮城に行けるかもって、変に期待したのかしら」
 ――ちっ、とオレは舌打ちをして言った。
「タイムマシンが、今すぐほしいよ」
 泥棒女は、笑いをこらえるようにうつむき、手で口を覆った。
ジャンル:
小説
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