くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

肉片(ミンチ)な彼女(89)

2016-12-11 19:16:02 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 高く腕を振り上げた叶方が、手にしたカリンカを、いら立ち紛れに地面に叩きつけようとした。

 クククククッ――。

 と、叶方の手の中で、カリンカが笑い声を上げた。
「なにがおかしいの」京卦が、怒ったように言った。
「おまえの体は、私の物だよ」と、カリンカが言った。
 叶方は、カリンカのマスコットを、地面に向けて放り投げた。
 フワリ、と宙に浮かびあがったカリンカは、二人を呪うように言い放った。

「青騎士がまた現れるよ。二人を狙って出てくるよ。首がほしいと歌っているよ――」
 
「うるさい」京卦が杖を振ると、フワリと宙に浮かんでいたカリンカが、力なく地面に落ちた。
「動かないけど、どうなったの」と、マスコットを拾った叶方が言った。
「気を失っているだけよ」と、京卦が言った。「魔力も吸い取ったから、しばらくおとなしくしていてくれるわ」

 ――シャリン、シャリリン。

 真っ青な鎧を身に纏った青騎士が、獣が現れたのと同じ場所に、再び現れた。
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肉片(ミンチ)な彼女(88)

2016-12-11 19:14:58 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 叶方は京卦の腕をつかむと、自分の後ろに下がるようにうながした。
「言ったろう。動物が逃げこんできたことがあったって」
 京卦は戸惑いつつも、黙って叶方の後ろに下がった。現れた獣が、まっすぐに叶方と向かい合った。立ち止まった獣は、空気を振るわせるような低いうなり声を上げ、土埃を蹴立てて、走り出した。
「グランドの入り口が狭くなっているから、ここいら辺りまで、ちょうど走りやすい直線に見えるらしいんだ」
 土埃を立てながら、獣が勢いよく走り寄ってきた。星明かりに照らし出されたのは、クマともトラともつかない、恐ろしげな姿だった。
「ミーナ、さん……」獣の姿を見た京卦が、思わず声を洩らした。
 大きく口を開け、牙をむき出しにした獣が、二人の目前に迫ってきた。叶方は、逃げようとする京卦の手を引きながら、マントを翻して背を向け、体を屈めた。
 みかわしのマントに正面からぶつかった獣は、思いもしない方向にはね飛ばされた。走ってきた勢いのまま、見上げるほど高く飛び上がった獣は、激しく宙を搔きながら、どしんと背中から地面に倒れ落ちた。
「ミーナさん」と、京卦が獣に駆け寄った。
 横になったまま身動きをしなくなった獣は、みるみるうちに姿を変え、足元から半透明のミーナが現れた。
「大丈夫、ミーナさん」と、膝をついてミーナを抱き起こした京卦が言った。「どうして、変身なんかしたの」
 ぐったりと体を横たえたミーナが、力なく京卦の顔を見上げた。
「みんなは?」と、ミーナが言った。
「……」と、ゾオンの仲間達が瓶の中から抜け出し、助かったことを知らない京卦は、唇を噛みながら首を振った。
「お願い、みんなを助けて」ミーナが、京卦の腕をつかみながら言った。「カリンカに騙されたの。あなた達の行方を探すために、私一人だけ自由にして泳がされたのよ」
「もしかしたら、あの青騎士も……」京卦が言うと、ミーナがうなずいた。
「青騎士になってあなた達の前に現れたのも、私なの」ミーナは、京卦の腕をギュッとつかんだ。「お願い、みんなを助けて」
「――離れろ、京卦」と、叶方が大きな声を上げた。
 ビクリとして京卦が顔を上げると、抱きかかえられていたミーナの胸が、渦を描くように盛りあがった。京卦が見ると、四角い物体が形を持ち始め、カリンカの宿ったマスコットがにょきりと顔を出し、外に飛び出してきた。
「危ない」と、素早く腕を伸ばした叶方が、外に出てきたマスコットを京卦の目の前で鷲づかみにした。
「――この」と、叶方は握りしめたマスコットを、まじまじと見ながら言った。「今まで、さんざん人をだましやがって」
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肉片(ミンチ)な彼女(87)

2016-12-11 19:14:08 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「彼女を助けてあげて」と、地面に膝をついたサユラが、ミーナを抱き起こしながら言った。「カリンカが、ミーナの体の半分を持って行ったの」
「どうして、彼女一人を……」と、又三郎が言った。
「ミーナは変身の魔法が得意だったんだ」と、リーダーのポロスが言った。「さっきまで姿を現していた青騎士も、ミーナの魔法だったんだよ。カリンカは、半分になったミーナの体を使って、モリルを狙うはずだ」
 又三郎は最後まで聞くことなく、歯ぎしりしながら、叶方達の後を追いかけていった。

 ――――……

 又三郎の姿が、闇の奥深くに消え去った。
「あいつ、なんかおかしかった」と、京卦と背中合わせになった叶方が言った。「人間みたいな猫なんて、最初っからあやしいと思ってたんだ」
「バカなこと言わないで」と、京卦は周囲に目を向けながら言った。「あれは猫さんじゃなかった。きっと、カリンカ――」
「そんな――」と言いかけて、叶方は口をつぐんだ。
 深夜になった町は、閑散としていた。カリンカの魔法のせいかもしれなかったが、夏休みも終わりに近づいていたとはいえ、走り去る車も途切れ途切れで、人の姿もほとんど無かった。
「どうする気だろう」と、叶方が言った。
「このままじっとしていても、だめだって事は間違いなさそうね」
 京卦が早足に歩き出すと、叶方も後ろを気にしつつ、急ぎ足でついていった。
「どこに行く気」
 叶方が言うと、京卦が言った。
「人がいなくて、思い切り戦えるところ」
 叶方には、学校しか思いつかなかった。
「――ここは」と、破れたフェンスをくぐりながら、京卦が言った。
「オレが卒業した中学さ」
「私達の学校より、広いかもね」京卦は、薄暗いグランドに目をやりながら言った。
「ここならきっと、巨人が出てきたって戦えそうだろ」叶方が言うと、京卦はうなずいた。「転校してきた頃、野生の動物が逃げこんできて、大騒ぎになったんだ」
 京卦はちらりと叶方を見ると、ため息混じりに言った。
「なにをしてくるかわからないから、気をつけて――」
 二人は、グランドの中央に向かって、走り出した。
「……」と、最初に気がついたのは叶方だった。
「やっぱりな。あの時と同じだ――」
 京卦が見ると、校舎とグランドをつないでいる狭い通りから、のしのしとやってくる獣らしい影が見えた。
「――本物なの」と、京卦が杖を手に叶方の前に出た。
「ちょっと待って」
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肉片(ミンチ)な彼女(86)

2016-12-11 19:11:35 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 又三郎が背中を向けている地面に、暗い落とし穴が渦を巻くように口を開けた。
 と、又三郎がくるりと向きを変え、落とし穴と向かい合わせになった。
「ほっほ、潔くあきらめたようだね」カリンカが笑った。
 又三郎は、鉄棒を片手で持つと、落とし穴に向かって放り投げた。
 強い引力に捉えられた鉄棒は、鉄棒自体の重さも手伝って、グングンと加速を増し、落とし穴の縁に深く突き刺さった。
 スタン――と、又三郎は鉄棒の端に足をかけ、落とし穴の縁にとどまった。
 強い引力が作用した又三郎の体重は、落とし穴の縁に突き刺さった鉄棒を、さらにズブリと地中深く突き刺した。
 ふわふわと、落ち着きなく宙に浮かんでいるカリンカは、地団駄を踏むように悔しがり、鈍い光を放つ瓶を又三郎に向かって掲げ、さらに強さを増した光を浴びせかけた。
 地面を踊るように行き来する光が、又三郎の足元に迫ってきた。
 濃い黄色の光に照らされた地面が、強い引力の作用で波打ち、土の粒子をぶつけ合わせて、バチバチと重たい音を立てた。
 又三郎はわずかに屈んで弾みをつけると、苦々しい顔をした無表情なカリンカのマスコットに向かって、飛び上がった。
「落ちろ」と、近づいてくる又三郎に向かって、カリンカが光を放つ瓶を掲げた。
 引力に邪魔され、あっという間に勢いの無くなった又三郎は、やはりカリンカに手を触れることもできなかった。
 と、又三郎は背中に回した手に空の金魚鉢を持ち、勝ち誇ったように瓶を掲げるカリンカめがけて、投げ放った。
 たとえぶつかったとしても、傷を負うほどの威力はないはずだった。しかしカリンカは、投げられた金魚鉢に素早く反応し、瓶が放つ黄色い光を浴びせかけた。
 光の陰に入った又三郎は、失いかけた勢いを取り戻し、カリンカにぐんと迫った。
「――くっ」と、又三郎が眼前に迫ってきたカリンカは、自分の失敗に気がついたものの、もはや舌打ちをすることしかできなかった。
 瓶が放つ光を、あわてて又三郎に向けたカリンカだったが、肉球の奥に秘められていた鋭い爪が、風を切るように瓶をかすめた。
 わずかばかりの手応えがあった。カリンカは、かろうじて瓶が無事だったと胸をなでおろしたが、瓶の中に閉じこめられていた人達が、最後の力を振り絞って気勢を上げた。

 バリン――。

 輝いていた瓶がまばたきをするように光を失い、小さな欠片を辺りに散らばらせて、粉々に砕けた。
 ぎゃああ――……という悲鳴を残し、カリンカはどこへともなく姿を消し去った。替わって、瓶に閉じこめられていたゾオンの人達が、次々に姿を現した。
 ふわり、と地面に降りた人達の中、ミーナ一人だけが、ぐったりとつらそうに横たわっていた。

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肉片(ミンチ)な彼女(85)

2016-12-11 19:10:22 | 「肉片(ミンチ)な彼...

 ――――……

「こっちです、早く」と、ウサギのように走る又三郎が、追いかけてくるカリンカから、京卦と叶方を逃がそうとしていた。
「工場はまったく見えなくなったけど、ミーナさん達は大丈夫なの」と、息を切らせた京卦が言った。
「心配いりません」と、又三郎が近づきながら言った。「貴重な魔力ですからね。あのまま無事に瓶の中に収まっているでしょう」
「……」と、立ち止まった二人は、又三郎の顔を見た。
「暴れさえしなければ、あんな小さな瓶でも、中は意外と快適なんですよ」
「――エレクティラ」と、杖を取りだした京卦が、雷を放つ呪文を、又三郎に向かって唱えた。

「おっと……」

 又三郎が、ひょいと体を翻し、杖の先からほとばしり出た矢のような光を、危ういところで逃れた。
「誰を狙ってるんですか」と、又三郎が二人の前に立って言った。「敵は後ろにいるはずですよ。私じゃありません」
「あなた、何者」と、京卦が叶方の腕を放しながら言った。「猫さんじゃないわよね」
「誰だよ、おまえ」と、叶方が胸の傷みを気にしながら言った。「どこに連れて行く気だ」
 と、又三郎がクツクツと大きな口を開けて笑い始めた。
「頭は使うもんだよ」
 又三郎が言うと、その姿が後ろから迫ってきた闇に飲みこまれ、跡形もなく消え失せた。
 …………
 ストン、と地面に降りた又三郎は、とらえ所のないカリンカに業を煮やしながらも、一撃を加える機会をうかがっていた。
 鈍い光を放つ瓶を胸に、カリンカはよく聞き取れない呪文をもごもごと唱えながら、飛び上がった又三郎が地面に落ちるタイミングを計り、深い落とし穴を次々と穿ち続けていた。
 瓶の放つ光に照らされるたび、強い引力が、又三郎の動きを封じていた。
「ここから先は行かせない」又三郎が鉄棒を両手に持ち、宙に飛び上がった。
「だったら私を止めてごらんよ」と、カリンカは挑発するように、ふわりふわりと自在に宙を飛び回った。
 わずかの距離で鉄棒はカリンカに届かず、又三郎は強い引力に捉えられ、勢いよく地面に落ちていった。
「ほら、もうそろそろ穴の底に落ちるんじゃないのかい」と、カリンカは又三郎の正面に浮かんで言った。
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肉片(ミンチ)な彼女(84)

2016-12-11 19:07:33 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「……」と、京卦が呪文を口ずさみ、高笑いをしているカリンカに、魔法の一撃を加えようとした時だった。
「危ない――」又三郎が京卦を抱え上げ、その場から離れるように飛び退いた。
「くそう」と、カリンカがくやしそうに言った。「うるさい猫だね」
 京卦の所に駆け寄ろうとした叶方が見ると、京卦が立っていた場所に、いつのまにかすり鉢状の深い落とし穴が、ぽっかりと恐ろしげに口を開けていた。
「これって、もしかして」叶方には、見覚えのある落とし穴だった。

「かかったね」

 と、足元に目を落としている叶方を見て、カリンカがにやりと笑った。
 叶方の体が、前かがみにグラリとよろめいた。底なしのように暗く深い落とし穴が大きな口を開け、罠にかかる獲物を待ち伏せていた。
 そこへ、矢のような勢いで金魚鉢がぶつかってきた。
 金魚鉢を投げた又三郎が見ると、バランスを崩して前かがみに倒れかけた叶方が、胸の辺りにぶつかった金魚鉢の圧力で、倒れかかったのとは逆の方向に尻餅をついた。
「――この猫め」と、カリンカが悔しそうに言った。
「イタタタ……」と、叶方が胸を押さえながら体を起こした。
「早く立って」と、叶方に駆け寄った京卦が腕を取り、素早く肩に掛けて立ち上がらせた。
「走れるよね」
 返事を聞くのを待たず、京卦は叶方を肩に担いだまま、駆けだしていた。

「逃がすもんか」

 カリンカがふわりと宙を飛び、走り去ろうとする二人の後を追いかけ始めた。
 ぎこちなく走る二人のすぐ後ろの地面に、落とし穴が次々と口を開けていった。
「――待て」と、鉄棒を構えた又三郎が、カリンカの前に立ち塞がった。「これ以上は通しません」
「ちっ――」と、カリンカは不機嫌そうに言うと、宙に浮かんだまま小さな瓶を取りだし、又三郎に向かって早口に呪文を唱えた。
 瓶の中の液体が渦を巻き、気味の悪い色が混じり合って、突き刺さるような淡い光を放ち始めた。
 カリンカは瓶を掲げると、ほとばしる光を又三郎に浴びせかけた。
 鉄棒を構えたまま、又三郎は光のまぶしさに目を細め、わずかに顔を伏せた。
 又三郎は気がついていなかったが、倒れていたはずの青騎士の姿が、幻のように消え去っていた。
「ゾオンの人達を返せ」と、又三郎はカリンカに向かって地面を蹴った。
 瓶から発せられる光の影響なのか、異様なほどの引力が足を押さえ、又三郎の動きを妨げていた。体ごと、地面に吸いつけられてしまいそうだった。それでも、落とし穴を避けて宙に躍り上がった又三郎は、呪文を一心に唱えているカリンカの姿を、鉄棒の鋭い先端で、確実に捉えていた。
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肉片(ミンチ)な彼女(83)

2016-12-11 19:06:51 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「マントを――」又三郎が言うと、すぐに反応した叶方が、又三郎の上から覆い被さるようにして、銀色のマントをひるがえした。
 ぐにゅり、としたかすかな圧力を感じたかどうか、手応えのまるでないまま、立ち上がった叶方が見ると、青騎士の巨体が、ゆっくりと後ろに倒れていくところだった。
「すげぇよ、これ」と、感激した叶方が、マントを手に思わず声を上げていた。

「――やっぱり、変だわ」と、京卦が困ったように言った。

 叶方が顔を上げて青騎士を見ると、倒れたはずの青騎士の体が、絵に描いたように、音もなく倒れ伏していた。
「えっ、どういうこと」叶方が京卦を見ると、目があった京卦も、わからないと首を振るばかりだった。
「あれだけ大きな体が倒れたのに、地響きひとつ起きないなんて」と、叶方は又三郎に言った。
「――ええ、注意してください。これも策略のひとつに違いありません」
 又三郎が言い終わるより早く。京卦のそばに浮かんでいたミーナが、不意に飛び上がった。又三郎の言葉に集中していた京卦は、ボゴボゴとおぼれたような悲鳴を聞きつけ、かろうじて異変に気がついた。
「ストリディア!」止まれ、と言う意味の呪文を、京卦が杖を振りながら叫んだ。
 京卦の持った杖が、飛び去ろうとする金魚鉢をとらえると、高く舞い上がった金魚鉢が、ピタリと宙で停止した。
「まったく余計な真似を」と、カリンカの声が暗闇の中から聞こえた。
「姿を現せ、魔法使い」
 又三郎が言うと、倒れたまま身動きしなくなった青騎士の背後から、マスコットのカリンカが宙に躍り上がった。

「その呼び方は好きじゃないね」と、カリンカが言った。「まるで悪者みたいな言い方じゃないか」

 又三郎が地面に手をついて飛び上がると、どこから取りだしたのか、投げ放ったはずの鉄棒が、しっかりと手に握られていた。又三郎は、ミーナの金魚鉢に絡みついていた見えない糸を、一閃した鉄棒でプツリと断ち切った。
「大丈夫ですか――」地面に降りた又三郎が金魚鉢の中を覗くと、ミーナの姿はどこにもなかった。
「どこに隠した」
 又三郎が言うのを聞いた京卦が、カリンカに言った。
「ミーナさんはどこ……許さない」
 京卦が言うと、カリンカはからかうように笑いながら、ふらふらと誘うように宙を飛び回った。
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肉片(ミンチ)な彼女(82)

2016-12-11 19:05:53 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 青騎士がひと足進めるたび、地面が大きく弾んだ。まるで、手足の生えた小山がひとつ、動き出したようだった。
「――これって、誰なんだよ」と、叶方が青騎士を見上げたまま言った。
「時矢君、じゃないのは確かなようね」と、金魚鉢を抱えた京卦が、立ち上がって杖を構えた。
「二人とも下がって、危険です」又三郎は叶方の前に立つと、逃げるようにうながした。
 あっけにとられていた叶方は又三郎を見ると、後ろに下がる京卦の後を、あわてて追いかけていった。
「私から離れないで、あれは普通じゃないわ」京卦は杖を構えたが、現れた青騎士を前に、動揺を隠しきれていなかった。
「大丈夫か――」小さく震えている京卦を見て、叶方が心配そうに言った。
 京卦は黙って、怒ったように叶方を見た。
 近づいてきた青騎士が、大きく腕を振り上げた。
「……」と、又三郎が鉄棒を構えたとたんだった。暗闇の奥に消えたはずの糸が、青騎士の背後から再び襲いかかってきた。
 糸は、一本だけではなかった。四方から生き物のように又三郎に打ちかかってきた。
「――くっ」と、声にならない息を吐いた又三郎は、鉄棒を自在に振り回し、襲いかかる糸を次々と打ち落としていった。

「やっぱりおまえは、ただの猫じゃなかったようだね」

 カリンカの声が聞こえた。
 大きく後ろに下がった又三郎が、声のした方角に向かって、鉄棒を投げ放った。
 カツン――と、勢いに乗った又三郎の鉄棒が、青騎士の大きな腕で払い落とされた。
「ずいぶんなお出迎えじゃないか」と、カリンカの声は、青騎士の腰の辺りから聞こえてくるようだった。
「そこにいるのか」と、又三郎が言った。
「私の体は、渡さない」と、京卦が杖を振るいながら、なにかをつぶやいた。

 ゴロゴロロン――……。

 星明かりの綺麗な夜空から、不意に雷鳴が轟き、ビリビリと空気を振るわせる重たい光が、雲を裂いて青騎士に襲いかかった。
「あっ――」と、まぶしさに腕で目をかばった叶方だったが、目を開けると、何事もなかったように青騎士が立っていた。
「どうして……あれほどの雷を食らったのに、傷ひとつないなんて」と、微動だにしていない青騎士の姿を見ながら、京卦が言った。
 どこかに傷を負っていないか、叶方も青騎士の全身に目を走らせた。
「なんとも、ない」叶方が言うと、又三郎がつぶやくように言った。
「青騎士にしては、様子がおかしい」
 と、高く持ち上げられた青騎士の足が、叶方と又三郎を踏みつぶそうと、頭上から迫ってきた。
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肉片(ミンチ)な彼女(81)

2016-12-11 19:05:07 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「オレなら、大丈夫だって」と、一人だけ四つんばいになっている叶方が言った。
「はいはい」と、京卦があきれたように言った。「男子のやせ我慢ほど、格好悪いものはないわね」
「しかたがありません――」
 又三郎は言うと、猫の姿をした見た目には想像もつかない力で、窓のひとつを外に蹴りはずした。
「恐かったら、目をつぶっていてください」
 又三郎は言うと、叶方の襟もとをつかんで軽々と持ち上げ、ひょいと背中に担ぎ上げた。
 叶方が声を出すまもなく、又三郎は叶方を担いだまま、2階の窓からひょいと外に飛び出した。
 ストン、というよりも、フワリと柔らかく地面に降りた又三郎は、叶方をそっと背中から下ろした。
「――誰もいない」と、叶方は又三郎からもらったマントを身につけながら言った。
「ええ。でも、確かに見られているのを感じます」又三郎が言うと、杖を構えた京卦が、二人のそばにフワリと降り立った。
「音も聞こえなくなったわ」
「そう言えば、いつのまにか地面も揺れてない」叶方が言うと、又三郎がぴくりとヒゲを振るわせた。

「危ない!」

 ヒュルルルン――と、ムチのようにしなる細い糸が、杖を持つ京卦の腕に巻きついた。
「あっ」と、京卦が声を上げるまも与えず、ピンと伸びた糸が、京卦の腕を引っ張り上げた。
 暗闇の奥から伸びる糸は、引かれまいと抵抗する京卦を、やすやすと引きずっていった。
 みるみるうちに引き寄せられる京卦を見て、あわてた叶方が糸につかみかかろうとしたが、わずかに早く、風を切ってうなる鉄棒が、プツリと糸を断ち切った。
「――大丈夫か」と、尻餅をついた京卦を、叶方が抱きかかえた。
 見ると、どこから取りだしたのか、又三郎が自分の体の数倍はありそうな長さの鉄棒を、軽々と構えていた。

「出てこい」

 断たれた糸が、逃げるように見えなくなった暗闇の奥を見ながら、又三郎が言った。

 ――シャリン、シャリリン……。

「うそだろ……」と、叶方がつぶやいた。
 鈴のような金属音と共に、青騎士が暗闇の中から姿を現した。
 その場にいた誰もが、そろえたように顔を上げた。青騎士は、見上げるほどの巨体に変身していた。
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肉片(ミンチ)な彼女(80)

2016-12-11 19:03:41 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 叶方は、なにを話しているのかわからず、じっと顔をしかめていた。
「なにか覚えてない」と、京卦が叶方に聞いた。「カリンカが、時矢君のコピーを作ったりしていなかった」
「……」と、叶方は考えるように首を振った。「そんなはずはないと思うけど、こっそりコピーされていても、きっと気がつかなかったと思うよ」
「――可能性は大ありね」
 京卦が言うと、又三郎が窓の外をうかがいながら言った。
「この部屋から外に出ないでください。向こうの狙いがなんなのか、見極めるまで離れるのは危険です」
「けど、青騎士が相手なら、私の結界なんて簡単に破られてしまうわ」と、京卦が困ったように言った。
「かもしれませんね」と、又三郎が部屋の中に戻りながら言った。「私が撃退した青騎士ではなく、新たに出現した青騎士ならば、それほど強くはないはずです。向かってきても撃破せず、足止めすることさえできれば、自らの過ちに気がついて消滅するかもしれません」
「ミーナさん、私に魔力を使わせてくれない」と、京卦が宙に浮かぶミーナに言った。
 水槽の中のミーナが、もごもごとなにかを言いながら、金魚鉢を揺らした。
「――協力する、と言っています」と、又三郎が言った。
「ありがとう」と、京卦が言った。「私のそばから、離れないでいて」
 フワフワと宙に浮かぶミーナが、京卦の真上で、うなずくように前後に揺れた。

 ――シャリン、シャリリン……。

 と、鈴のような金属の音が、部屋の中にいる誰もがわかるほど、大きく聞こえてきた。
「どこから来るか、わかる?」京卦が聞くと、又三郎は耳を澄ませたまま、首を振った。
 音が近づいてくるに従い、グラグラとした揺れも次第に大きさを増していった。
「地震、じゃないよな――」
 窓の外をうかがっていた叶方がつぶやくと、怒ったような顔をした京卦が、振り返った叶方を注意するように見た。
「――どう、見える」
 叶方が首を振ると、又三郎も別の窓に移りながら言った。
「わずかな星明かりが見えるだけですね。青騎士らしい影はどこにもありません」
 事務所の揺れが、次第に大きくなっていった。立っていた叶方はたまらず、床に手をついた。大波に揺られる船の上にいるようだった。
「どうやら、私達を外に出そうとしているようですね」
「わからないわ」と、京卦が壁に手をつきながら言った。「事務所の中に罠が仕掛けているとでも思っているのかしら」
「――なにかあるのですか」
 又三郎が言うと、京卦は首を振った。
「リーダーのことだから、私の知らない罠が仕掛けてあったかもしれないけれど、そんなこと、カリンカが知っているはずがないわ」と、京卦があきらめたように言った。
「もうそろそろ限界ね。私達はいいけれど、このままじゃ、時矢君ごと建物がつぶされるかもしれない」
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