代々木公園ヘルスケア鍼灸院blog

渋谷区・富ヶ谷。代々木公園近くの鍼灸院が綴る日々のこと。

遠 慧茹 主任医師教授 (えん先生)

2009-05-25 14:23:52 | 日記


天津中医大学第一附属医院のC病棟が鍼灸病棟です。

2Fが外来で、ワンフロアに20室以上の治療室があります。鍼の治療室、灸・灸頭鍼の治療室、推拿の治療室、吸い玉治療室、それぞれの治療室に凄い数の患者が集まります。部屋の扉は開いていましたので、それぞれの部屋の治療は覗く事が出来ました。

しかし、治療室内でたばこを吸う先生が多少、眼に付きました。(患者も)

私は鍼は「中風風湿老年病」室の遠慧茹 先生(女性)に従事しました。日本語を喋る事の出来る先生に付く訳です。

遠先生は以前中国からの派遣で、名古屋の大学病院に行かれた事があるそうです。

遠先生の下には常時ではありませんが、日本人は私を含め4名、韓国人2名、病院の中医師2名、他の病院医師が2名、大学の学生数名が付いて勉強しています。中には大学を卒業して“中医師”の免許を取得して、もう中国に7年も居るという日本人女性もいました。






遠先生の外来の朝は早いです。7時半頃には治療が始まります。一日約50~60名の患者が来ます。やはり脳卒中の片麻痺の患者が多いのですが、パーキンソン病、ALS、難聴、顔面麻痺、頸椎症、眼筋下垂、坐骨神経痛、顎関節症、帯状疱疹、等さまざまな患者が来ます。

中国の医療制度の事、治療費については聞き逃がしてしまいましたが、患者はチケットを購入して、事前に料金を病院に支払うそうです。比較的裕福な層でないと病院で治療は受けられない様です。又、街の中には日本の様な「鍼灸院」「接骨院」はありません。医療機関内でないと鍼灸治療は受けられない様です。しかし街中には“足底”と書いた看板が多く見られます。「マッサージサロン」の事です。







治療室にはベット8台、椅子を含め約10名の患者を部屋に入れ次々に鍼をしていきます。鍼数は一人当たり約30本~40本!すごい数です。中国鍼ですので当然鍼菅はありません。すごいスピードで次から次へと患者に刺鍼して行きます。治療時間は一人30分です。

殆どの患者にパルスもかけます。時間が来ると一人一人鍼を抜き、患者には部屋から出て行ってもらいます。
(マンゾウ=お大事にどうぞ)

私達助手の仕事は、患者の鍼を抜く事。 (ゲイ ニイ チー チェン?=鍼を抜いてもよいですか?)

パルスの装着と電気を入れる事。 
(チャー ディエン=電気入れます。 クイ マ?=電気行きましたか?)

吸い玉の装着。(バグア=吸玉)

ベットメイキング、受付等です。

時々、遠先生から1~2本、患者に鍼をする様、指示を受けます。私も何度か患者に鍼をしましたが、長い中国鍼です。思う様に刺入出来ません。さぞかし患者は痛かった事でしょう。
(タン マ?=痛いですか?)



新患が来ると、問診に立ち合わせてくれます。脉診と舌診で患者を診ます。舌診は全ての患者にします。問診の途中で患者の状況を丁寧に日本語で説明してくれます。
又、全ての診察が終わった後で、スタッフ、研修生を集め、疾患の事、治療についての説明。又、質問を受けてくれます。

患者(2:1位で女性が多い)は毎日、ほぼ同じ時間滞に来院します。皆、鍼治療を信じきっている様で、鍼数も、治療時間も多いのを望んでいます。

遠先生の治療室もそうですが、他の先生の治療室も本当に多くの患者が居て活気があります。

やはり男性の先生が多いのですが、治療が本当にダイナミック!迫力があります。鍼数は本当に多いです。推拿は大胆でリズミカル。灸頭鍼の数も多い。体にオイルを塗り、吸い玉でマッサージもしている。後、舌への散鍼は初めて見ました。

「醒脳開竅」は勉強しましたが、現在、自分の治療院の臨床で実践する機会は残念ながらまだありません。


天津中医大学第一附属医院

2009-05-24 18:17:42 | 日記
天津市


天津中医大学第一附属医院は中国医学と西洋医学の結合病院でドクターが西医で500名、中医で100名在籍し、一日の来院患者数が4000名の総合病院です。中国では脳卒中の片麻痺の治療が盛んに行われており、この治療で有名な病院です。この治療を開発したのが前医院長の石学敏教授で「醒脳開竅」刺鍼法で片麻痺の患者さんを治療しています。


病棟はA・B・Cと3棟ありました。A・B棟が西洋医学、C棟が鍼灸の病棟です。





私は日本語の喋れる、鍼灸は「中風風湿老年病室」の遠慧茹先生、推拿は「骨份科」(整形外科)の穆剛 先生に従事しました。






鍼灸部だけで15の科があります。






中国研修に行った訳 “酒谷薫先生の一言”

2009-05-23 13:23:51 | 日記


2年前(平成19年)の今頃、私は中国は天津市におりました。天津中医大学第一附属医院(大学病院)に鍼灸の研修の為です。

平成19年3月中旬土曜日の夜、私はオザキジムのトレーナーをしていました。
そこで“神戸のジョー”こと酒谷薫先生が練習していました。

木谷マネージャーから「酒谷さんはお医者さんだよ!」と言われていたので、練習の合間に話しかけてみました。

飯田 : 「酒谷さんはお医者さんなんですか?」
酒谷 : 「そうですよ!」
飯田 : 「開業されているんですか?どこか病院に勤務されているんですか?」
酒谷 : 「N大学です」
飯田 : 「N大学ですか!私は以前医療機器の会社に勤務していたので、N大学さんは担当させて頂いていました。今は会社を退社して、鍼灸師として鍼灸院に勤務しています」
酒谷 : 「僕、鍼灸師の知り合い沢山いるよ!今月号の“医道の日本”(2007.3月号)に後藤学園のH先生との対談で出ているよ!」
飯田 : 「えっ!?そうなんですか?家に帰ったら見てみます。今は鍼灸師として働いているのですが、今後どの様な方向に進んだら良いか悩んでいます」
酒谷 : 「じゃ、中国へ行って鍼灸を見てきたら?僕は’96から6年間、北京中日友好病院に勤務していました」

そんな会話をしたと思います。

家に帰って“医道の日本”を見てみると酒谷先生が出ていた。11ページ目、巻頭対談「脳から読み解く中医学と鍼灸」。しかもN大学病院脳神経外科教授―!


翌日曜日は鍼の勉強会でした。そんな話しを昼休み中、仲間にしていると、Yさんが「H先生は私が出た後藤学園の先生。私も後藤学園の提携校の“天津中医大学第一附属医院”に研修に行って来た。話しをしてやるから行って来たら?勉強になるよ!」

そんな事で私は中国研修を決意しました。
天津中医大学第一附属医院の受入れはYさんの電話一本で簡単に受け入れられました。

翌4月、勤めていた杉並区の鍼灸院を辞めて、5月、6月の約2ヶ月間「天津中医大学第一附属医院」の研修に出かけました。特別に“中医学”に興味があった訳ではありませんが、実際の中国の鍼灸とはどんなものか知りたくて中国に行く事にしました。




   




東洋はりいセンター・木曜研究会

2009-05-22 15:04:26 | 日記


昨晩(21時~23時まで)は東洋はりいセンターにて勉強会”木曜研究会”でした。


○臨床講義:「治療の法則」 西沢先生 (約40年前の講義、テープの聴講)


○実技実習:模擬患者=飯田、右腰の挫骨神経痛

 ・証=腎・脾相剋 左 大谿 太淵 補法  右 陰陵泉 補法

            右 偏歴 左支正 補中の瀉法

            肩・背・腰 補的鍼
          
            奇経灸 右 足臨泣 外関





お陰様で、腰が楽になりました




”木研”の後は定番の”歌舞伎町の300円弁当”

オムレツチャー飯 300円、から揚げ 200円

しかし、食べられるのは夜中の12時半です。