yoyo独り言

日常の思いつくままを、
心の整理場所として・・

四国つれづれ-7-沈下橋

2011年01月31日 | 旅日記
    

四万十川の風景のシンボル的な橋
沈下橋
欄干が無く 大水の時は沈んでしまう・・
今でも村と村を繋ぎ 大切な橋として使われています。
本流に21橋 支流に26橋 あり
それぞれに風情のある光景で存在感があります。
寒いし・・人影が無く・・渡るのが怖い・・
沈下橋の下をくぐる遊覧船もありましたが
パスしました。



川沿いの道は狭く、対向車が来たら大変!
土佐中村まで下り 次の観光は足摺岬です
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モロッコハイライト-30- ズィズ渓谷

2011年01月30日 | 旅日記
  

バスはズィズ川に沿って狭い道を走っていきます。
窓すれすれに見上げるような山々、
今にも石や岩が崩れ落ちて来そうな気がします。

ちょっと一休み、バスを降りて散策、
冷たい空気、明日の早朝は何度かなぁ~~~



地元の子供達がバスに寄って来て
椰子の葉で手織ったラクダや小物入れを
売りにきます。
「お金ないよ・・・」
「プレゼント・・」
手持ちのお菓子と物々交換。
このラクダさん、ちょっと雑かな?
かなり精巧な作品を持っている子供も居ました。
時間がなくて・・



砂漠に近づいています。
今日の移動は 約7時間30分 435KM でした。
19:00 到着 すっかり日が暮れています。
今日のお泊りは エルフード 「ホテル・サラーム」
電気は大切なのでしょう。
廊下が暗くて 部屋番号が読み取れない。

  

レストランもなんとなく暗い・・
お部屋も広いのですが・・・・寒い・・
エアコンもありますが・・温かくならない。
お風呂も広々と・・・お湯が出ない・・・
砂漠地帯でそんな事を求めるのが間違っている!!
テントで一泊も楽しいのだから・・
お風呂はやめて・・ホカロン? を張って
ちょっと湿ったベットで・・・
明日は4:10 モーニングコール
4:50 出発です。(冬だから 遅めなんですよ)
最大イベント:砂漠日の出ツァー です。
速効 寝てしまいました。
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四国つれづれ-6-ホテル星羅四万十

2011年01月29日 | 旅日記


石垣とコンクリートの壁のユニークな建物でした。
四万十川を見下ろせる部屋でしたが
なんとなく寒そう・・・・



今日は宿泊者も少なそうで・・・貸切???
夕食は 川の食材は天然物とか
次々と運ばれて・・
どれも美味しくいただきました。
 
本日のおしながき

    


     まずはビールで乾杯!!
     先附:椎茸のたたき
     前菜:四万十種盛 (青さのり 川海老 鮴(ゴリ))
     お造り:本日のお刺身 (かつお)


    
     
     レストランも我々だけ・・・ さみしい・・
     気分を変えて:日本酒に (地元の 蔵燗・司牡丹)
     蒸し物:茶碗蒸し
     台盛:四万十鶏のみぞれ鍋
     藍物:長芋饅頭


    

     酢物:モズクガニ
     お食事:白米  香の物:ニ種盛
     デザート: 蒸しパンとフルーツ


お腹いっぱい! いい気分! ごちそう様!



朝も美味しくいただきました。

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モロッコハイライト-29- ミデルト

2011年01月28日 | 旅日記
   

アトラス杉林を通り、 標高2,178Mのザード峠を越え
ミデルトにあるカスバ(砦) 風レストランで昼食をいただきました。
外の景色が少しづつ変わっていきます。

   

昼食はミデルトにある カスバ (砦) 風レストランにていただきました。
"ホテル・カスバ・アスマ"  通りに面してポツンと建っています。
"ミデルト" とは ベルベル語で 「中心」 という意味、
以前 (大昔) はこの地帯も 海だったとか・・・
子供達がアンモナイト等の化石を売っていました。

   

多分 「鱒」 のホイル焼き、 淡白な味付けで 美味しかったです。
モロッココーラーもありました。

   

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セネガル便り-241-

2011年01月27日 | セネガル便り
春の局様
えっ!  Geelong の近くに住んでいらっしゃる・・・。
オーストラリア と言えば



国土面積が日本の20倍? 21倍?
それを考えると 凄い偶然。
Geelong には約15年前 1年間住みました。
水産工場で カニ足かまぼこの指導・普及の為。
買い出しは 街の中 (Geelong) に
ターゲットという ショッピングモールがあったはず、
もう無いか・・・。
休日は近くの公園で 海とカモメを見ながら
当時、3.50ドル~4ドル位の鳥肉 (加熱、焼いてある物、小さ目) 
と ポテトを買って食べるのが楽しみでした。
1月のオーストラリアは夏ですよね。
日本の友人あての年賀は
サンタがサーフィンでやって来る絵葉書を送ってました。
フラミンゴは今、何故か 4~500羽位飛んできています。
壮観ですが、ガァーガァー・グェ グェ・カー 
と頭上を通ります。
何事かとビックリします。
上空ではなく頭上です
            
              2011.1月5日  エンドー
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モロッコハイライト-28-イフレン 

2011年01月27日 | 旅日記


標高1,650M 高原リゾート・イフレンで小休止。
アトラス杉の林に囲まれて 
『モロッコのスイス』 と呼ばれています。
添乗員さんは 『モロッコの軽井沢』 と云っていました。
モロッコがフランスの植民地だった頃 (1929年)
保養地として建設された街です。
独立後は 国王・政府要人・富豪の別荘地とか。

  

ベルベル人のコーヒー 『ノスノス』 少し濃い味? 
ケーキ でゆったり気分


  

おしゃれなケーキが並んでいます。
パンも美味しそうでした。

無為な狩猟の為 絶滅した アトラスライオンの像の前で
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四国つれづれ-5-宇和島城

2011年01月26日 | 旅日記
   

松山インターから高速に乗りました。
心配していた雪も側溝に寄せられています。
周りの山々は雪景色、
山手は時折雪が激しく舞います。
大洲城臥龍山荘はパスして
宇和島城にまっしぐら。
到着したのが 15:45 
多分 藩老桑折氏武家長屋門
(はんろうこおりしぶけながやもん)
から 登ったと思うのだけど~~?
天守閣閉館が16:00という事で
焦りましたねぇ~~~
城山ですから  
石段・坂道
心臓パクパク状態。



後少し・・・もうひと周りで到着です・・・




お城入口までの最後の石段のしんどかった事!!!

お城番の人がカギを閉めようとしていましたが・・・
「せっかく遠方から来て下さったのだから・・」
と 中に入れてくれました。

感謝・感謝です。
心臓爆発状態!!!!!。
 
いつの頃からは分かりませんが
是非とも訪れたかったお城でした。
ず~~~っと 片思いしていたお城です。
やっと会えたね~~~。
会いに来たよ。
宇和島城からも
待っていたよ~~~

応えてくれたような気がします。

期待通りのお城でした。

宇和島闘牛場 も
見学予定でいたが 時間オーバー
割愛して
一日目の宿舎: ホテル星羅四万十 に。
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セネガル便り-240-

2011年01月26日 | セネガル便り
新年 明けまして おめでとうございます。

えっ! モロッコ・・・
ああ~~ とうとうアフリカの大地に触れてしまったのですね。
そこから再び飛行機に乗って約4時間でセネガルですよ。
後、もうちょっとです。
アフリカは、遠くて寒い・・・・
そうです。
暑いイメージが先行されがちですが・・・
実は寒いのです。
例: セネガル 只今 (1月4日) 日中2時頃 41℃ 暑いです。
しかし朝方7時半頃 14℃ ~ 13℃ まで下がります。
この28℃の温度差、余計に寒く感じられます。
私はモロッコに行った経験はありませんが
アフリカの空気はなんとなくわかります。
ヨーロッパ圏とは明らかに違う空気感、
私はそれを 匂い と表現しています。
その匂い セネガルは もっと濃いと思いますよ。
お疲れさまでした。
お土産話が楽しみです。
切手もアラブ人(イスラム)系の匂いのする 
模様(デザイン)でした。
             2011.1.5 エンドー
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モロッコハイライト-27-ファティマの手 

2011年01月25日 | 旅日記


フェズのメディアともそろそろお別れ
ブロンズのお店に行きました。
きらきら輝いています。



別のコーナーには シルバーのティポットも大小いろいろあります。
見ているだけでも楽しいのですが・・・・


護身のシンボル ファティマの手 の飾り物を買いました。



真ん中に名字を入れてもらい  のお土産にしました。
ドアノッカーや装飾としてとりつけている家も多いです。
手の指は5本 イスラム世界では 5 という数字も
神聖化されています。



最後に 世界一の迷宮:フェズを見渡せる絶景ポイントから
眼下に広がるモスク・メデァの全景を眺め
アトラス山脈に向かいました。


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モロッコハイライト-26-ミントティ

2011年01月24日 | 旅日記
   
このような細い路地を入った所に
ミハッドさんの邸宅がありました。
中は広く、34人のグループでも入って座る事が出来ます。


  

ミントティの材料と 銀のティポットです。
手慣れた作業で ミントティ を入れてくれました。
日本人向きに 砂糖(甘さ) を加減しているとか。
モロッコでは おもてなしのミントティは
男性が入れるようです。
というか 表は男性社会?
オープンカフェ・店番 はほとんど男性でした。

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