今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

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ヘレン・ケラー・バースデー

2008-06-27 | 人物
今日(6月27日)は「ヘレン・ケラー・バースデー」   
視覚と聴覚と言葉を失いながらも、世界中の体の不自由な人々のために社会福祉活動を行ったヘレン・ケラー女史が生まれたのは、1880年の今日(6月27日)で、その誕生日を記念したもの。
ヘレン・ケラーは、アメリカ・アラバマ州タスカンビアで地主の娘として生まれたが、生後19カ月の時に熱病にかかり、それが原因で視力と聴力を失い、7歳までことばの存在を知らなかった彼女は、両親からしつけを受ける事もできず、非常にわがままに育つ事となってしまった。
そんな彼女が、家庭教師アン・サリバン(通称アニー)の厳格かつ献身的な教育を受けて「ことばの世界」に目ざめる。そして、負けず嫌いで前向きな性格と驚異的な努力により、19歳で名門ラドクリフ・カレッジ(現ハーバード大学の女子部)に合格。以後、世界各地で講演して盲唖者・身体障害者を励ます福祉活動に献身。アン・サリヴァンはその後約50年にもわたってよき教師として、そして友人として、ヘレンを支えていくことになるが、1936(昭和11)年に死去している。ヘレン・ケラーは、1937年(昭和12年)初来日し、1948年(昭和23年)に、2度目の来日。これを記念して2年後の1950(昭和25)年、財団法人東日本ヘレン・ケラー財団(以下参考に記載の現「※社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会」参照)と、財団法人西日本ヘレンケラー財団(以下参考に記載の現「社会福祉法人日本ヘレンケラー財団」参照)が設立されている。 又、1955(昭和30)年、3度目の来日し熱烈な歓迎を受けた。来日の理由には1954(昭和29)年に没した朋友岩橋武夫に花を手向けるためでもあったという。ヘレンケラー来日の影響で、日本に「身体障害者福祉法」が成立 したことについては、岩橋武夫が深く関わっていたことが、平成13年のNHK「そのとき歴史が動いた」でとりあげていた。以下参照。
そのとき歴史が動いた
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2001_10.html
ヘレン・ケラー女史は1961(昭和36)年、病気になり、徐々に外界との接触がなくなり、1968(昭和43)年6月1日、87歳で没した。
ヘレン・ケラーに対して、「奇跡の人」という呼び名があり、6月27日のバースデーを「奇跡の人の日」などとしているものもあるが、「奇跡の人」は三重苦の障害を乗り越えたヘレン・ケラーのことではなく、それを可能にしたアン・サリヴァンのことをさしていっているものである。電話の発明者グラハム・ベルは、スコットランドエディンバラに生まれ、視話法(話している人の唇を見る事により、話し言葉を読み取り その口形をまねして、本人にも声を出させる)研究者メルヴィル (Alexander Melville Bell) を父に持つ。母が難聴であった事から、聾唖者に話し方を教える事に興味を持ったと言われている。エディンバラ大学及びロンドン大学で学び、24歳の時(1870年)に、病で余命6ヶ月と宣告された事を切っ掛けに、父と共にカナダに移住した。その後、アメリカへ移り、ボストン大学で音声学(「視話法」)を教える傍ら、音声の多重伝送を研究。この研究の最中、偶然に、電磁石を使ったマイクの原理(現在のリボンマイクと同じ原理)を発見し、電話機の発明を志したのだという。そして、1887(明治20)年、アン・サリヴァンをヘレン・ケラーの家庭教師として紹介したのは彼であり、以後ケラーとも交流をしていたそうだ。
三重苦の障害を克服したヘレン・ケラーと彼女に奇跡を起こしたアン・サリヴァンの師弟の物語は、『奇跡の人』(原題:The Miracle Worker)として戯曲化され、アン・バンクロフトタイトル・ロール・アニー・サリヴァン)とパティ・デューク(ヘレン・ケラー)が演じて1959(昭和34)年に初演された。舞台で好評を博したため、3年後には同じキャストで映画化(『奇跡の人』【「ヘレン・ケラー物語」】モノクロ)され、この映画で、アン・バンクロフトは、アカデミー主演女優賞を、パティ・デュークは、16歳で、アカデミー助演女優賞を受賞。この映画は、1963(昭和38)年、日本で公開されている。又1979(昭和54)年にはリメイク版のテレビ映画化(カラー)で、ヘレン・ケラー役のパティが、アン・サリバン役で出演している。
この『奇跡の人』はアン・サリバンの記録をもとに書かれたものだそうであるが、有名な井戸水を手にかけて「・・・W・・・A・・・T・・・E・・・R・・・(ウォーター)」という言葉を理解し発した、というエピソードはこの戯曲における創作であり、実際にはサリバンはヘレンがこのとき発声したとは書いていないのだという(Wikipedia)。「奇跡の人」の物語の解説とこの感動的なシーンは以下で見れる。
奇跡の人-キャッシュ-
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/THE%20MIRACLE%20WORKER.htm
世界最大の社会奉仕団体ライオンズクラブ国際協会の国際理事会は、1971(昭和46)年に、ヘレン・ケラーの忌日である6月1日を「ヘレン・ケラーの日」として記念事業を行うことを宣言し、この日には、世界中のライオンズ会員が視力関連の奉仕事業を実施しているそうだ。
ヘレン・ケラーのことは、(社)日本ヘレンケラー財団のヘレン・ケラー物語にかなりく詳しく書いてあるが、もっと詳しく知りたい人は、以下のページを覗かれると良い。ここでは、”ケラーの文字・会話の習得”、”ケラーが「指で会話ができる装置」をテスト”などの場面が動画で見れるほかケラーに関する殆どのころがわかるよ。
ヘレン・ケラー研究リンク(Helen Keller Links)障害者福祉 東海大学/鳥飼行博研究室
http://www.geocities.jp/torikai007/helenlinks.html
奇跡の人」・・・などと聞くと、今の人は、人間の力や自然現象を超えたできごとを起こす超能力者を想像するかもしれないね~。しかし、この映画に出てくるヘレン・ケラーもアニー・サリヴァンも血の滲むような努力をして、不可能だと思われることを可能にした人達だ。
先日、歩行者天国の秋葉原で無差別大量殺傷事件を起こした若者が居るが、この容疑者は、中学ぐらいまでよく出来る子であったらしいが、その後、落ちこぼれ、劣等感から幸せそうな人達を妬み、とんでもない事件を引き起こしたようだ。この事件に関して、同じ様な境遇の若者も多くおり、今の世の中が、そのような若者をこのような犯行に追い詰めているのではとの同情論もある。
しかし、昔から、今の人達が考えているような公平だとか平等な社会があったわけではなく、その点では、昔より今の時代の方がよほど公平で、平等な時代なのである。ただ、自由で平等になった分、昔よりは、競争は激しくなり、勝ち組と負け組がはっきりしてきたとはいえる。そのような中で、負け組みがどのようにしたら良いか・・・世の中の仕組みも考えなければならないところだが、昔と今と違うところは、今は誰もが一流の学校を卒業し、一流の企業に就職しようとしている。そして、それが叶わなかったものが負け組みと感じているのだろうが、昔から、そのような状況はあったわけで、ただ、誰もが学校へ行くことすら経済的に困難であったり、誰もがそのような一流の会社員になろうと考えなかった。皆、生まれたときの境遇が異なり、人間すでに生まれたときから豊かな家庭と貧乏な家庭が今よりはっきりしており差もあり、スタートラインから凄く差があった。しかし、それは仕方のないものと諦め、貧乏だからこそ「くそ!」と頑張り、人の何倍も努力をして、成功した人が沢山居る。それは、生まれながらに普通の人より身体機能の劣った人達も同様である。
どんな境遇の中に生まれようとも、その人の努力次第で、不可能と思われることでも可能にできることを「奇跡の人」は教えてくれている。何も学力が高いだとか一流会社へ入った人達だけが、能力があり、幸せな人達という訳でもない。各人それぞれ、その人なりの能力があるわけで、皆が同じ土俵の上で勝負する必要もない。早く自分の適性を見つけ、又、自分の能力をわきまえた上で、後は、どれだけの努力をしたかであると思う。最近は、核家族化と共働きなどにもよるのであろうが、両親が家庭内のことや、子供のことに目が行き届いていないのであろう。それと、一人っ子が多くなり、又、昔に比べて経済的に豊かになった事から、今は親が小さいときから子供を甘やかせ過ぎている面が、多く見られ、子供が非常にひ弱になっている。又、親自身が自分自身の考えなど子供に押し付け過ぎている面があるようだ。家庭の崩壊が言われて久しいが、このような事件を起こした人達の家庭には必ず家庭内の問題があり、その中で孤立し、悩んでいる人が暴走するのだろう。
私達が子供の頃は、偉人の伝記ものなどが流行っていた。そこに登場する人達は、殆どは、平凡な人達である。そんな平凡な、いや、普通の人達より境遇的には金銭的にも肉体的にも報われないていない人達が、人の何倍もの努力をして成功しているのである。人を妬む前に、自分自身が、どれほどの努力をしたかの反省こそ大切なことだと思う。その意味で、ヘレン・ケラーの伝記でも読んで学んで、自分のやっていることと比較して考えてみるのも良いだろう。
(画像はDVD:1962映画「奇跡の人」主演:アン・バンクロフト/パティ・デューク)
参考:
ヘレン・ケラー - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%A9%E3%83%BC
ヘレン・ケラー神話
http://www001.upp.so-net.ne.jp/wakan/Biography/HelenKeller.html
The Story of My Life
http://digital.library.upenn.edu/women/keller/life/life.html
奇跡の人(1979年) - 映画作品紹介 [ONTV MOVIE]
http://movie.ontvjapan.com/RatingUserList/movie/5307
日本記念日協会
http://www.kinenbi.gr.jp/index2.html
ヘレン・ケラー・デー(ライオンズクラブHP)
http://www.lionsclubs.org/JA/content/vision_services_keller.shtml
ヘレン・ケラー研究リンク(Helen Keller Links)障害者福祉 東海大学/鳥飼行博研究室
http://www.geocities.jp/torikai007/helenlinks.html
社会福祉法人日本ヘレンケラー財団
http://www.helenkeller.or.jp/index.htm
ライオンズクラブ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96
社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会
http://www.thka.jp/
グラハム・ベル
http://biography.sophia-it.com/content/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB
[PDF] 伊沢修二と視話法
http://www.kyoto-seika.ac.jp/event/kiyo/pdf-data/no26/go.pdf
奇跡の人 ★★(The Miracle Worker)
http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_review_new/jap_review_miracle.html
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2 コメント

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コミュニケーション (ゆうさん)
2008-06-27 07:58:50
よーさん、お早うさんです。
盲聾者の福島智東京大学准教授が子供たちに真っ暗闇で何の音もしない世界は宇宙空間にたった1人で放り出されたのと同じ。それは自分が存在しないのに等しい。だから人とのコミュニケーションが非常に大事になってくると話してらっしゃいました。目も見えるし聞こえもするのに、人とのコミュニケーションが上手く出来ない若者が増えているのは、拝金主義が嵩じて人としての思いやりがなくなってきた結果のような気がします。事件を起こさない人間でも非常に短絡的になっているのではないでしょうか。
コミュニケーション能力 (よーさん)
2008-06-28 10:58:31
ゆうさん、今の人達は大チョケなくせにコミュニケーション能力がないのは、一人っ子が多く、小さい時から個室で育ち、わがままに自分の思うように生きてきたからでしょう。人と人との付き合いは楽しい面もある反面煩わしいことも多々あるもの。それが我慢できないのでしょう。今の吉本の芸のないタレントを見ていても、芸と言うよりも下らないギャグを一方的に演じて、それを芸と勘違いしているような気がします。芸は、演技者とそれを見ている人達の間でのコミュニケーションの中で育ちます。コミュニケーションを理解できない観客の前でコミュニケーション能力の劣ったタレントが、本当の芸など出来るわけないと思います。テレビなど見ていてもギャハギャハと品のない笑いが聞こえますが、あれもほとんどは演出の一部で挿入されつくられたものでしょう。年代にもよるのか知れませんが、私たちの年代のものにはとっても笑える代物ではありません。ただのおふざけです。おふざけは相手の子とも考えず一方的に出来ますからね~。
それを、者の判断が出来ないちいさな子供が真似をして大きくなってゆきます。
もう、日本の文化は完全に廃れてしまったといえますね。今日本にあるものは、歌舞伎や落語など一部を除き、外国の真似事文化ばかりです。
これからは、日本の芸能その他の文化もそれを理解し、愛する外国人によって受け継がれてゆくのかもしれません。

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