ちゅら島ライフ

沖縄へ移住し、ダイビングと三線・ゴルフをしながら沖縄探訪を楽しむ
夫婦の物語

運動会ミカン(カーブチー)

2010-09-30 14:31:36 | ちゅら島物語
写真のミカンは「カーブチー」と言います。
運動会の季節に出てくるので、「運動会ミカン」とも呼ばれているようです。
毎年の様に買います、この香りが大好きなので
種が多くて食べにくいのですが、スッキリとした酸味もいいです。
「シークアッサー」の様にすっぱくはないです。

先日このジュースを、発見し買って飲んでみました。
ん~?思ったほど美味しくなかったです。
やっぱり、私は果物のままで頂く方がよいです。
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サボテンじゃない!

2010-09-29 17:46:41 | Weblog
上の写真は「ユーフォルビア」と言う植物です。
見た目は、どう見てもサボテンですよね。
でも、まったく別の植物なんだそうです。
高さが10メートルにもなるそうです。写真は、6~7メートル程でした。
昨日のネオパークにありました。
ここには、その他珍しい熱帯の植物が温室ではなく、外で育っています。
さすが、沖縄ですね。

写真は「オオマトイ」これは、サボテンの仲間でしょうね?

小さいけれど、バオバブの木

ソテツ実でしょうか?大きなマツカサみたいです。
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ネオパークオキナワ

2010-09-28 19:50:53 | ちゅら島物語
沖縄へ来て、5年半になりました。
観光施設は、ほぼ見て回った様な気がしていましたが、そうでもない?
その一つが「ネオパークオキナワ」です。
知人から、コープ(生協)会員なら今、無料で入れると聞いたので行ってみました。
写真の入り口から、チケツト売り場をぬけると

いきなり、放し飼いの鳥達が迎えてくれます。
しかも、写真の鳥が、間近で見られます。


写真の鳥は「アオコブホウカンチォウ」です。
今、生息数が減少している希少動物です。
係りの人の話によると、ここで繁殖に成功したとか、幼鳥は展示していませんでしたが、近く見ることができるとよいです。


沖縄で鳥と言えば、飛べない鳥「ヤンバルクイナ」ですが、自然の中で見る事は難しいです。でも、ここなら、見られますよ(ガラスごしですが)!写真が上手く撮れませんでした。

上の写真、イノシシじゃないんです!「クビワペッカリー」と言う名前でイノシシとは別物だそうです。よく見るとシッポが無い!

この写真は、「ピラルク」。
外の池に10匹以上?飼われています。
餌やりもできます、鯉とは違い迫力ある餌やりが楽しめます。

最後に、沖縄でも走っていた汽車「軽便鉄道」の模型(4分の3に縮小)に乗って園の外側(1、2k)を解説付で20分間の旅をして「ネオパークオキナワ」の楽しいツアーを終わりました。
園内には、珍しい植物やサルを小島で放し飼いにするなど、自然のままで動植物が見られる様になっています。
私的には、面白いと思いました。
興味の在る方、大人でも楽しめます、行ってみて下さい。
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「八重山(やいま)」・・海のクロスロード

2010-09-27 21:11:21 | ちゅら島物語
自宅からほんの数分の所に博物館があると言うのは嬉しいことです。
またまた行って来ました、博物館の特別展。「八重山(やいま)」・・海のクロスロードです。年間パスがあるので入場料は無料です。
ところでよく「八重山」と言われますが、皆さん八重山とは沖縄県のどの辺りを指す言葉かお分かりでしょうか?そうです、石垣・西表・与那国を中心とする周辺の島々を含む地域を指します。この八重山は、首里王府のあった沖縄本島から一番遠く離れた場所にあったこともあり、独自の文化・芸能が最も残っている地域でもあるのです。
また、南洋諸島、台湾など、外国と最も接していた地域でもあります。
今では「沖縄ブーム」として一体で語られる沖縄も、かつては、過酷な税(米や布)を取り立てられ貧困にあえぐ宮古・八重山と、華やかな琉球王国の宮廷文化を誇った沖縄本島とは、支配服従関係にあった事を忘れてはいけません。素晴らしい着物文化とて、王府からの厳しい「織り模様」の指示があったりと、八重山の人々の苦難の歴史でした。
だからこそ、苦しい生活の中でも人間として生きる喜び、生活と愛を歌わざるを得なかったのが八重山の人々であり、八重山民謡なのです。
皆さんも機会がありましたら、是非、博物館のこの特別展を見に行って下さい。11月23日までやっていますよ!(11月2日から日本で発見された最も古い人骨=白保竿根田原<しらほさおねたばる>人骨:約2万年前?も展示される予定です。)
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平田 太一

2010-09-26 21:10:59 | ちゅら島物語
先日、沖縄県立博物館・美術館で行われた「詩と歌でつづる八重山」に行ってきました。
講師は「平田太一」氏です。
「平田太一」氏のことは、名前と顔と演出家と言う事しか知りませんでした。
今回の公演では、平田さんの産まれた「小浜島」の事や、自分の生い立ちなどを話してくれました。小浜島の村落は、歩いて3分40秒?(40秒?ハッキリ覚えていない)の小さな島で民宿をやっていた両親の元に長男として産まれたそうです。小中学を小浜島で育ち高校は、石垣島へ、大学は本土の和光大学へと進み、本島での就職では無く小浜島へと戻り(両親に戻れと言われたのではなく、自ら戻ったそうです)
自分の原点は「小浜島」に有るとの事で、ここから何かを生み出そうと考えた様です。
「小浜島」で、小浜島の言葉で書き溜めた「南島詩人」の詩集を出版したそうです。
その中の幾つかを紹介して下さいましたが、興味をそそがれ読んでみたくなりました。

公演は、お話(お話上手でした)ばかりでは無く、歌・太鼓・三線も聞かせもらいました。

そして、小中学生を演出した舞台(「飛べ、尚巴志!」)の一部を見せて頂きチョッと得した気分にさせてもらいました。
「平田太一」氏は、何故子供達を演出するのか?
沖縄に産まれた子供達に、忘れようとしている沖縄の古典(昔の文化)へと導く道を作りたいと言っていました。
沖縄には、日本人が忘れてしまった物が、まだ沢山残っているんですよね。今の子供達にそれを忘れないでと言っているのかも・・。
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