美容師の考察

美容の歴史

 

1950年代からのモードの動きを見ていきましょう。50年代は布地を多様した裾広がりのスカート姿の女性たちが町を彩りました。

 

 

当時はアメリカ経由で紹介されたスタイルだった為 「アメリカンスタイル」 と称されていましたが、原型はパリでクリスチャン・ディオールが発表して世界に流行した 「ニュールック」 です

 

 

クリスチャン・ディオールが発表したニュールック

 

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1950年代半ばからファッションリーダー的存在だったのが、オードリヘップバーン、ブリジットバルドーでした。

 

 

ヘップバーンは優雅なロングフレアースカート。サブリナパンツにペタンコのバレエシューズ、映画 「ローマの休日」 のヘップバーンカット

 

 

バルドーは、セクシーでルーズにまとめたアップ 「ニュールック」 から影響を受けたロカビリーファッションも流行しました。

 

 

 

この時、ヘップバーン、バルドーをはじめ、モナコのグレース王妃、ジャクリーン・ケネディー夫人、ソフィア・ローレンや世界の王侯貴族やトップレディーたちのヘアーを手掛けていたのが “ヘアー界の大御所” アレクサンドル・パリ です

 

 

ヘアースタイリストが注目を集めたのも彼が最初です。

 

 

1958年前後から存在感を現してきたのは カリタ です

 

マリア&ロージィー・カリタのカリタ姉妹は、当初ヘアースタイリストとして活躍しゴダール監督「勝手にしやがれ」のヒロインを演じた、ジーン・セパーグのカットを手掛けショートカットブームを起こしました。

 

 

1960年代、ロンドンの下町から長髪のマッシュルームカット、水玉や花柄など派手な柄でウエストを細くしたシャツ、股上の浅いスリムパンツ、幅広ネクタイ、そしてブーツなどで装ったモダーンズを略して  モッズ  と呼ばれたファッションが発信されました。

 

 

また、イギリスのトップモデル ツィギーによってミニスカートブームにも火がつきました。

 

 

その後、音楽やファッションで新たな表現を生み出すサイケデリック・ムーブメントがおこり学生運動を背景にヒッピーが流行し、discoブームへと続きます。

 

 

 

 

1970年後半からヘアー界では、ロンドンのジオメトリックカットとパリのフレンチカットと方向性が2つに分かれていきます。

 

 

1975年から1985年の10年間は、絶対的な勢いを持ってイギリスのジオメトリックカットがブームを呼びました。

 

 

その後、1985年を境に “フレンチタッチ” と呼ばれる フェミニンで柔らかさを加えたフランスのスタイルが1990年後半まで人気を集めました。

 

 

 

この60年以降、美容業界に

 

3つの大きな衝撃が

 

 

走ります。

 

 

 

 

 

大きな衝撃 1

 

それまでの、美容界の流れを根本的に変えたのは、

 

 

ヴィダル・サスーン

 

 

 

サスーンは初めてカットテクニックを理論的に展開し、それまでセットやレザーカットが中心に作られて来たスタイリングを、ブツ切り のカットで創り、世界中に大変な衝撃を与えました。

 

 

サスーンカット(ブラントカット)は、ボブ、ワンレングス、ステップボブなど、ヘアースタイルをラインで表現しました。

 

 

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また、サスーンの誕生によりカットテクニックのマニュアル化が進みました。

 

 

ジャック・デサンジュ

1960年代は、ヘアースタイリストとしてフランス国内において活発に活動を続けていました。

 

 

そして、1979年のフランチャイズ展開と80年スクールの開校をきっかけに、その知名度は世界中に広まり、2010年には700サロンを有しています。

 

 

 

大きな衝撃 2

 

ジャック・デサンジュを語る時に、忘れてならないのは 

 

 

ブルーノ・ピッティーニ

 

 

 

の存在です。

 

 

誰もが認める、その天才的なパフォーマンスと絶対的なカリスマ性は、世界中の美容師に夢を与えました。

 

 

そして現在、フレンチカットと呼ばれている “立て切り” を理論化し、世界に広めた事で美容界に大きな利益をもたらしました。

 

 

フレンチカット “立て切り” は頭の丸みを利用したフェミニンなカット

 

 

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1970年後半から1980年前半までジオメトリックが主流でしたが、そのシンプルさとブルーノの演出によって80年後半はフレンチカットが一気にブームになります。

 

 

1990年代に入ってからは、デサンジュからジャックモアザンへと移りアートディレクターとして活動していましたが、残念ながら1995年病により他界してしまいました。

 

 

 

 

トニー&ガイ

イタリア系の父を持つ4人兄弟の兄2人でスタートをし、後に弟2人も加わり 「技術はロンドン。感性はイタリア」 のコンセプトでスタートしました

 

 

TONI&GUY がサスーン以降イギリスの新勢力として活躍しはじめるのは1980年代に入ってからです。1970年代後半はサスーンの一人勝ちの様な状態でしたが、斬新なデザインを武器に1980年以降、知名度は上昇していきました。

 

 

しかし、1985年以降ジオメトリックブームに勢いがなくなり、停滞していましたが、イメージ戦略と教育を充実させ2000年から再度火のつき始めたジオメトリックブームに乗り復活をとげます。

 

 

 

 

ジャン ルイ ダヴィット

ジャンルイ ダヴィットは1970年後半から、いち早くフランス国内においてフランチャイズ展開を始め成果を上げました。

 

 

バリカンを使用するカットテクニックとアメリカンシステムを導入したカット時間を短縮するクイックサービスは当時のヘアー業界では斬新でした。

 

 

モッズヘアー

mod‘s hair は1968年パリで、フレデリック・ベラール、ギィギョーム・ベラールの兄弟と他2人のフランス人4人が始めました。撮影のモデル達のヘア・メイクを専門に行う、パリで最初のヘア・メイクアーティストのエージェンシーを設立したのち、1974年にパリにヘアサロンをオープンしました。

 

 

1978年には、日本初のモッズ・ヘアーサロンを田村哲也が、東京ラフォーレ原宿にオープン。その後、日本国内においては、マガジンハウスとのメディア戦略と、初のフランスブランドの国内進出ということで驚異的な勢いでフランチャイズの数を増やしていきました。

 

 

 

 

 

量産からクオリティーに、、、

 

 

大きな衝撃 3

 

 

進化するカットテクニック

 

 

サスーン後の、カットの考え方を180°違う角度から新たに定義したのが、

 

 

ジャンマルク・マニアティス 

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です。

 

 

門外不出の技術と言われるほどの、徹底した技術管理と実力主義のもと、スタイリストは皆カットテクニックだけでなく、スタジオワーク、コレクションで活躍できる技術力を要求されました。

 

 

そして、クオリティー維持の為、国内でのサロン展開もフランチャイズを作らず直営店4店舗のみの経営にこだわり、通常の倍以上となるカット料金も技術への自信とこだわりから成り立っていました。

 

 

また、マニアティスサロンを語る時、忘れてならないのが、 

 

 

KENZO

 

 

 

です。

 

 

 

日本人初のテクニカルディレクターに20代で昇進し、パリコレなどのアパレル関係、雑誌等のプレス関係、モデル達の髪は多方担当し、サロン内の教育、カットの革新を進め裏からマニアティスの繁栄を築きました。

 

 

 

1990年代からスーパーモデルが話題を呼び、ヘアースタイルもナチュラルからソフィケイトな雰囲気に変わってゆきます。

 

 

1990年代に入って再び業界に変化が起こります。

 

 

 

それは、

 

 

 

美容の分業化です 

 

 

以前は、サロンワークの延長線上にスタジオワークがありましたが、エージェンシー(スタジオワークのみ)の存在が徐々に増え始めました。

 

 

その背景には、接客、クイックサービスと言った、ビジネス的なマニュアル(合理化)を導入するサロンが増えた為、ヘアースタイルに要求される高度な技術力を美容師が失った事が原因です。

 

 

そして、美容業界も他の企業と同様に資本力のあるサロンが買収を始めます。

 

 

1990年後半から、ジャンクロード・ビギン /  フランク・プロボーは大きくフランチャイズを増やします。

 

 

2010年、ジャンクロード・ビギン360店舗、フランクプロボーに至っては2600店舗、ジャンルイ・ダヴィッド、他有名大手サロンも続々買収されています。

 

 

しかし、買収されフランチャイズ化されていく中、技術力と特色を打ち出しているサロンは変わらず高い支持を得ています。

 

 

変化の激しい美容界です。過去の動きを知ることは大切です

 

 

そして、

 

 

次の時代をあなたは、どの様なスタイリスト又はサロンを目指して向かえようとしているのか

 

          

もしくは、

 

    

作り出そうとしているのか 

 

         

 

 

“ カットテクニックの最終型 ” とまで言われた、マニアティスParisも2000年経営方針見直しのため、kenzo、他エリートが退社、さらに2010年フランクプロボーに買収されます。

 

 

 

 

未来をつくるのは貴方たち若い美容師だ。

 

 

 

 

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