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永人のひとごころ
八・牧 伸二 一世を風靡した昭和のウクレレ漫談師
一世を風靡した昭和のウクレレ漫談師
八・牧 伸二
(1934・9・26~2013・4・29)
“あ~、やんなっちゃった”と橋から投身自殺。
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2013年4月28日、その日牧伸二は、午後1時半から自身が会長を務める東京演芸協会主催『お笑い演芸会』に出演、15分ほどの舞台を演じた後、東京・浅草の『東京館』に向かい、楽屋入りした後、一人で行きつけの喫茶店に向かった。
しかしトリの出演予定の牧が一向に戻ってこないため、スタッフらが探しに行ったが牧の姿はなく、さらに公演後に行われる牧が出席するはずだった同協会の理事会にも姿を見せなかった。
当時、牧には東京演芸協会の使途不明金疑惑がかけられていた。
歴代会長から受け継いで牧が管理していた500万円以上の資金が不明になっており、会員の間からは、牧の責任を追及する声が高まっていた。会員からの追及に牧は昨年(2012年)の暮れに、「来年5月30日の総会までに500万円用意する」と約束した。
それを受けて行われる2013年4月28日の理事会で使途不明金について追及されることになっていたのだった。
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●(一)牧 伸二[(1)・8・7・2]
地格9凶。
三才の配置・天九―人五―地九・・・凶
絶対的短命運(第一型)・脳溢血、心臓麻痺、急難、災害、自殺、その他すべて急変の死を招く
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牧は体調に不安を抱えていた。02年に(67歳)に脳出血で倒れ、リハビリを経て復帰したが、歩くには杖が必要だった。
さらに死の数年前から年齢からくる認知症の症状に悩んでいたともいう。死の2年前にはその影響で、タバコの不始末が原因での自宅でボヤを出したこともある。
理事会から姿を消した翌日、29日午前0時15分頃、大田区と川崎市を結ぶ中原街道の丸子橋の欄干を乗り越えた牧は、多摩川に自ら身を投じた。病院に運ばれたがそこで死亡が確認された。
橋の欄干には牧の遺した杖が主無きまま、立てかけてあったという。
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『あ~あ、やんなっちゃった』のフレーズに乗せて鋭い社会風刺、政治風刺でテレビをにぎわせ、大衆を笑わせた牧 伸二は自らの人生も
『あ~あ、やんなっちゃった』と投げ出したのだろうか。
昭和の演芸界で一世を風靡したウクレレ漫談師が自ら命を絶ったのは、奇しくも「昭和の日」だった。
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