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弔辞38・・・第一回・石原裕次郎へ勝新太郎

兄弟、お前好きに言えよ

石原裕次郎へ

勝 新太郎

石原裕次郎・享年52。昭和62年7月16日没

兄慎太郎の芥川賞受賞作『太陽の季節』で銀幕にデビューし戦後のニューヒーローとなった裕次郎。『座頭市』シリーズでスターダムにのし上がった勝 新太郎。光りと闇、明と暗・・・役者としては対照的な二人だったが、実は本当の兄弟のように仲が良かった。先に逝ってしまった裕次郎の葬儀で、勝は胸に去来する思いをそのまま遺影に向かって語り始めた。祭壇の戒名を読み上げるとき、勝の瞳からは今にも涙があふれ出しそうだった。

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 初めて会った時から、もう30年、最初は勝ちゃん・・裕ちゃん・・・。その次に『勝』『裕次郎』、最後は兄弟!そういう仲になって・・・。今日、この弔辞を読めと言われたときに,いいのかなあ・・・俺なんかが弔辞を読んでいいのかなあ・・・

 昨日、『さよなら裕次郎』という本とそれからお兄さんの石原慎太郎氏の書いた文章と、読んでいるうちに、とうとう朝になっちゃって・・・

11時まで間が有るんで、高校野球、見てて、高校野球、見てても何か・・・なんかしゃべることを見つけなくちゃいけない、見つけなくちゃいけないと思って、どうしてもその言葉が出てこない、そうしたら、

兄弟!、なんだよ、好きなことを言えよ・・・好きなことを言えばいいじゃないか、来て。

そういう声が聞こえたんで・・・ここへ来たら、ほんとに、生きてる時も思いやりがあったけども、死んで肉体が無くなっても、この魂が・・・この写真の顔が、大変楽にさしてくれて・・・。

 悲しい葬式じゃなくて、何か楽しい、と言っちゃいけないんだけども、ああ・・・

何か非常に、最高な葬式に巡り合ったような気がする。

  ずいぶん前だったけど、一遍、酒飲んで喧嘩したことがあった。「表へ出ろ!」って言うから「ああいいよ、上等だ!」って…。確か渋谷の『屯喜朋亭=ドンキホーテ』か何かだったと思うんだけど、出て、便所んとこ行って、そしたら「オイ、芝居にしようよ」って言った時のあの優しい目。その時の普通じゃできない素晴らしい演技力というか、出来心というか。

もちろん素晴らしいってことはわかってたんだけども、役者としては俺の方が勝ってたんじゃないかななんて思いながら、この間『陽の当たる坂道』とか、いろんなものを見てるうちに、とても追っつかないなと、これは。

これは俺たちみたいな、変な演技するとか、そんなもう・・・そういうもんじゃ、とてもこれはかなわないと、石原裕次郎って言うのは、もう、すごいんだと、つくづく思った。

 生きて居ながら死んでるやつが多い世の中で、死んで、また生き返っちゃったという、この凄さ、これは、とってもすごい・・・頭が下がる。

んな凄い人から、兄弟って言われた俺も幸せ。ほんとに、どうもありがとう。いろいろ教わった。どうせまた、どっかで会うんだろうけれども、そん時は・・・ああ、そうか、陽光院天真寛裕大居士ちょっと呼びにくいけども・・・どっかで会うんだから、それまで・・・さよなら

(昭和62年8月11日青山葬儀所で)

 

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