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中曽根康弘以降の歴代自民党総理の罪・五・

         中曽根康弘以降の歴代自民党総理の罪・四・

☆質疑1-1。・・・原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止だけでなく、停止した原発の危機冷却系を作動させる為の外部電源が得られなく成るのではないか?

★答弁1-1・・・わが国の実用発電用原子炉に係る原子炉施設〔以下『原子炉施設』という〕の外部電源系は、二回線以上の送電線により、電力系統に接続された設計となっている。

又重要度の特に言い安全機能を有する構築物、系統及び機器がその機能を達成する為に電源を必要とする場合に於いては、外部電源または非常用所内電源のいずれからも電力の供給を受けられる設計となっているため、外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電源により停止した原子炉の冷却が可能である。

☆ 質疑1-6・・・大規模地震によって原発が停止した場合、崩壊熱除去の為に機器冷却系が働かなくてはならない。津波の引き波で水位が下がるけれども、一応冷却水が得られる水位は確保できたとしても、地震で送電線鉄塔が倒壊や折損事故で外部電源が得られない状態が生まれ、内部電源もフォルスマルク原子力発電所のようにディーゼル発電機もバッテリーも働かなくなったとき、機器冷却系は働かないことに成る。

この場合、原子炉はどういうことになっていくのか。原子力安全委員会ではこうした場合の安全性について、日本の全ての原発ひとつひとつについてどういう調査を行なって来ているか。

★答弁1-6・・・地震津波などの自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、原子炉の設置または変更の許可の申請ごとに

「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」
(平成2年8月30日原子力安全委員会決定)などに基き経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、ご指摘のような事態が生じないよう安全の確保に万全を期しているところである。

☆ 質疑1-7・・・停止した後の原発では崩壊熱を除去できなかったら、核燃料棒は焼損〔バーンアウト〕するのではないか。その場合の原発事故がどのような規模の事故に成るのかについて、どういう評価を行なっているか。

★ 答弁1-7・・・経済産業省としてはお尋ねの評価は行なっておらず、原子炉の冷却が出来ない事態が生じないように、安全の確保に万全を期しているところである。

以上3つの質疑と答弁を見ただけでも、長年の調査によって本当に危険だと思って質問をしている原子力専門家の吉井議員と、何も考えずに官僚が書いた原稿を棒読みしているだけの河野議員(安倍晋三の代弁者)の様子が見て取れる。

そして、この3つの質疑と答弁から分かることは、当時の安倍内閣が原発の安全対策についてどのように認識していたのか、ということだが、次の三点が云える。

一、 何らかの事故で原発の冷却系の外部電源が切断された場合でも非常用の電源に切り替わるから何も問題ない。
二、 地震や津波に関しては、申請ごとに経済産業省(原子力安全保安院)が審査して、それを原子力安全委員会が確認しているので何も問題はない。
三、 地震や津波で原子炉が停止した後に、電源が切断されるというような事態は絶対に起こらないように万全を期しているので、起こった時のことなど考えてはいない、というものだ。  五へ




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水原 茂と森 昌彦の改名


              水原 茂と森 昌彦の改名
                          2009年11月4日投稿

プロ野球において日本シリーズが始まったのは1950年、昭和25年のことであります。現在に至るまでの59年間にシリーズ出場の監督のうち、意図的に改名した監督は私の知る限りではたったの二人であります。一人は巨人軍の水原 茂、もう一人は西武軍の森 昌彦であります。

巨人軍:水原茂〔4・10・11・(1)〕運気100点、完全大吉名。
水原円裕(みずはら・のぶしげ)〔4・10・13・13〕運気10点、大凶名
(草かんむりは竹かんむりに戻って『茂』は11画。円は圓で13画。衤・ころもへん・は衣で6画。)

この場合、わざわざ10分の1に力量を落とした訳であります。

この場合、わざわざ10分の1に力量を落とした訳であります。

たまたま本名の水原 茂(みずはら・しげる)で
1951年優勝・読売ジャイアンツ
1952年優勝・読売ジャイアンツ
1953年優勝・読売ジャイアンツ
と3年連続で優勝を決めたが

1955年に水原円裕(みずはら・のぶしげ)として優勝。

それ以来シリーズに水原円裕で4年連続出場したが勝てずに退団。

1960年『水原 茂』の本名に戻る

1962年優勝・東映フライヤーズ、水原 茂

この事を思うとき、水原円裕(のぶしげ)への改名は失敗したといえる。
わざわざ運気を弱くしたのであるから当然といえば当然だった。

この改名は一体誰の指導だったのであろうか?水原自身に、この意味の知識は無かったはずだ。

もう一人の改名、森 昌彦(もり・まさひこ)は森 祇晶(もり・まさあき)へ改名して大活躍をした(本ブログ:永人のひとごころ:2008年4月7日、森昌彦の孤独。4月8日、森祇晶の開花を参照)訳だが、

(一) 森 昌彦〔(一)・12・8・9〕運気10点。大凶名
(一) 森 祇晶〔(一)・12・9・12〕運気100点。完全大吉名

この場合は水原茂さんと正反対に10点から100点に10倍の力量アップである。結果は

1986年優勝・西武ライオンズ
1987年優勝・西武ライオンズ
1988年優勝・西武ライオンズ
1990年優勝・西武ライオンズ
1991年優勝・西武ライオンズ
1992年優勝・西武ライオンズ
驚異的な輝かしい実績を上げた訳である。水原 茂と全くの逆だった。正に『運気強弱の原因と結果は一致を見た』のである。不思議なことにこの森監督のような見識と勇気を持ったプロ野球の監督はその後現れていない。

今年、日本ハムの梨田昌孝氏が100点の完全大吉名なだけに、2009年11月、就任1年目にして早々と日本シリーズに出てくる運気の強さにこそ注目したい所だ。



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一日一言:授業の想像

                4月19日

                授業の想像

授業の想像ということは、テクニックの追及ではない。
教師が古い自分を切り捨て、新しい自分を生み出していく、
創造的な仕事である。
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