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バランスしてるからよいわけではない。B/Sの左側と右側が持つさまざまな意味

2009-07-11 12:41:36 | アプライド・ファイナンス
「モジリアニ=ミラー(MM)の命題*1」によれば、企業の価値はB/Sの左側にある資産が生み出すCFの価値によって決定され、B/Sの右側は単に「左側で生み出された企業価値」を投資家に分配する機能しかありません。

これは、あくまで税金のない世界の話です。しかし、現実の世界では借入金の支払利息金利は課税所得から控除されます。これにより支払税金が減少します。これを図示すると図1および図2のとおりとなります。



図1: 税金のないMMの世界: 資産が生み出すCFの価値=2000億円



図2: 税金(税率:40%)のある世界: 資産が生み出すCFの価値=2000億円




税金のない世界(図1)では、資産が生み出すCFの価値2000億円はすべて投資家に還元されました。この価値を有利子負債(D)の投資家と株主資本(E)の投資家で分配しますが、Dが先に価値の分配に預かり、Eは残りをもらいます。


ところが税金のある世界(図2)では、資産が生み出すCFは国家(税金)を含めた三者での分配となる。その際の分配の優先順位は①D、②税金、③Eとなる。したがって、資産が生み出すCFの価値2000億円のうち、Dの提供者がまず1000億円、次に残った1000億円に対して税金400億円が賦課され、残った600億円がEのものとなる。

図2の図1との違いを見てみよう。100%株主資本であるAの場合、借入金がないため、生み出されたCFの優先分配権は税金にある。このため、生み出された2000億円の価値に対して、まずは40%つまり800億円の税金が賦課されることになる。

Bのケースでは、1000億円の有利子負債があるため、まずはDに優先的に1000億円が分配され、残った1000億円に対して40%つまり400億円の税金が課されます。

図1(税金のない世界)における企業価値は、AもBも2000億円となります(MM命題)。

一方、図2(税金のある世界)では「税金は企業価値にはカウントされないため」Aは1200億円、Bでは1600億円となり、借入金のある企業Bの企業価値は無借金企業Aに比べ400億円増加することになる。

図2におけるAとBの違いは、Aの税金800億円に対してBでは400億円と、支払税額が400億円減少している点で、これが企業価値が増加した金額と一致しています。なぜならば借入金の金利は所得税の対象となる所得から控除されるからです。これが借入金の節税効果と言われるものです。

以上より

「借入金を持つ企業の企業価値」=「借入金を持たない企業の企業価値」+「借入金の節税効果のPV」

となる。

WACC(加重平均資本コスト)法で考えれば、企業価値は、次のように計算されます。

PV = ΣFCFn / (1+WACC)^n

必要資本を100%株主資本でまかなった場合(つまりWACC=rE)の企業価値はPV=ΣFCFn/(1+rE)^n

となります。しかし「必要資本の一部分を借入金でまかなうと節税効果によってWACCが低下していくため」企業価値は増加します。

言い換えればこれは節税効果によって「借入金の実質金利」が「rD*(1-税率)」となるためです。しかしながら、借入金を際限なく拡大していくことは不可能です。なぜならばこれはB/Sのストレッチを意味しており、これにより倒産するリスクが急上昇していくからです。

このように、WACCは借入金を増やしていくと低下するが、一定の地点を経過すると倒産リスクがたかまってくるがゆえに反対に上昇に転じていきます。倒産リスクの増加に伴って、借入金の金利が上昇していくからです。




○ 借入金増加によるコーポレートガバナンス効果とは

では、借入金を増加させていった場合、変化するのはWACCだけであろうか?フリーCFはDとEの投資家に帰属するCFであり、資本構成によっては影響を受けないとされているが果たして本当にそうでしょうか?これは負債比率が高まることが、B/Sの左側だけでなく、右側のPVにも影響することがあるのだろうか?ということです。

借入金を増加させていくと、まず起こるのは「借入金の金利の上昇」です。

借入金の返済原資であるFCFの水準が一定の範囲内で上下している中で、借入金が増加していくと、借入金の元本および利息がスケジュール通りに返済できなくなる可能性が高まります。つまり

借入金のリスクが大きくなっていくので、これにともなって投資家(企業の負債への投資家)が要求する金利水準も上昇していくのです。

さらに借入金が増加していくと、今度は部品や原材料等の納入業者が、納入代金がきちんと支払われるか不安になり、「買掛金の支払いサイトを短縮しよう」とします。支払いサイトが短くなると運転資本は増加します。このうえ、さらに借入金が増加し企業としての存続が危ぶまれるようになると、消費者も当該企業の製品を買い控えるようになります。

こうなるとFCFの根幹をなす営業利益そのものが減少を始めます。

このように、借入金が一定範囲を越えて増加していくと、運転資本の増加や営業利益の減少を通じてFCFそのものも減少していきます。これらを総称して財務破綻コスト(financial distress cost)といいます。

この財務破綻コストを加味したうえで借入金の増加に伴う企業価値の変化を図示したものが図3です。





通常の場合、「時価ベースでの理論的な最適負債比率(最適資本構成におけるD/(D+E)の比率)」はかなり高いです。しかし、現実には債券格付けが「時価ベースではなく簿価ベース」で行われることから、企業として時価ベースでの最適負債比率を維持することはきわめて困難となります。つまり思うように借入金を増やすことは難しい。

なぜならば簿価ベースに換算すると負債比率が大きくなりすぎ、債券格付けを維持することが極めて難しくなるからです。

それでは(簿価ベースで行われるために最適資本構成を妨げる原因となる)債券格付けをあきらめれば最適負債比率に近づけることは可能でしょうか?答えはYESです。

そしてLBO (leveraged buy-out)がそれに該当するのです。LBOとは買収先の資産or資産が生み出すCFを担保にして借入行い、入手したキャッシュを使って企業を買収することです。この結果、買収後の企業のB/Sの右側の相当部分を借入金が占めることになります。いわば「取らぬ狸の皮」を担保に借金をするともいえます。

例えば日本で過去最大のLBOであるソフトバンクによるボーダフォンの買収では、買収総額1兆7000億円のうち1兆2000億円が借入金によってまかなわれています。

このように借入金がB/Sの右側の大きな部分を占める企業の場合、投資適格水準の債券格付けを維持することが難しくなり、また株主のリスクもきわめて高くなることから、通常は上場廃止となります。そして借入金がその限界まで増加した場合、事業が生み出すCFの相当部分(往々にして100%近く)が借入金の元利払いに充当されます。

すると経営者が少しでも気を抜くとCFが低下し借入金の返済が困難となり倒産します。このような場合、企業の経営者は緊張感を持った経営を余儀なくされます。

このような厳しい環境下で経営の舵取りが行なわれる場合、経営者が優秀であれば、企業の潜在能力が最大限に発揮されるまで効率的・効果的に企業が経営されます。

結果として事業から生み出されるCFはぎりぎりまで極大化されることになります。つまり、FCFは極限まで極大化される可能性が高くなります。これが、借入金によるコーポレートガバナンス効果です。

借入金を増加させていくことは、同時に株主のリスクも高めていくことになることから、企業の株主構成も、より高いリスクを許容できる株主に置き換わっていくことを意味する。

より高いリスクを許容できる株主の存在は、よりリスクの高い事業への展開を加速化します。以前の「ヤマダ電機のリキャップCB」で見た通りです。

このようにB/Sの右側と左側はお互いに依存するとともに、お互いに影響を与え合っているのです。くり返すと事業リスクの増加は借入金金利や株主期待利回りの上昇を通じてリスク許容度の高い投資家を誘引します。

そして、リスク許容度の高い投資家は経営者がよりリスクの高い事業に乗り出すことを許容することによって事業リスクの増大を加速させていくことになるのです。

*1 1958年に、F.ModiglianiとM.H.Millerという二人の経済学者によって提唱された財務理論。「税金や倒産コスト等を無視すれば、企業価値は資本構成や配当政策によって変化しない」とし、「完全資本市場の下では資本構成は企業価値に影響を与えない」、「完全資本市場の下では配当政策は企業価値に影響を与えない」という二つの命題を主張した。


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