シニア花井の韓国余話

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【コラム】誰かがもう少し早く笛を吹いていれば

2011年06月26日 22時11分49秒 | Weblog
(韓国大手新聞、朝鮮日報 11.6.21記事抜粋)
 芋づる式に相次いで汚職が明らかになった貯蓄銀行事件と、韓国プロスポーツ史上最悪のスキャンダルとされるプロサッカーKリーグの八百長事件。これら二つの事件は意外にも共通点が多い。一見すると、金融とスポーツという何の関係もない分野だが、その根底には共通した構造があり、まるで双子のようだ。
 まず両事件とも、絶対に会ってはならない人物が会うことで始まった。監査機関の関係者は、監査を受ける側の人間とは距離を置かなければならない。しかし破綻した釜山貯蓄銀行をはじめとする貯蓄銀行問題では、ブローカーを介して監査する側と受ける側がごく普通に顔を合わせていた。また、Kリーグでも同様のことが行われていた。八百長は、ピッチで試合中に興奮して殴り合いをするのとは次元が異なる犯罪行為で、スポーツの存立基盤そのものを完全に否定する行為だ。ところが選手たちは、試合の結果を思い通りに操作しようとするブローカーたちと普段から会っていたのだ。
 さらに、これらの接触の背後に「人脈」という太いパイプがあった点も共通している。釜山貯蓄銀行が没落する過程で登場した主役たちの間には、高校の先輩・後輩という密接な絆があった。この絆は、時には資金が流れる高速道路のような役割も果たしていた。Kリーグの八百長問題では、共にピッチを駆け巡る仲間や先輩・後輩がブローカーとしての役割を果たしていた。「チームの先輩」「かつての仲間」からの悪の呼び掛けに応じた選手たちは、後戻りできない川を渡ってしまったのだ。
 両事件においても、決してあってはならない行為が長期にわたり行われている間に、良心の声を聞いて笛を吹く人物は1人も現れなかった。この点については、誰もが憤りを感じることだろう。貯蓄銀行の経営破綻は庶民の財産を食い物とし、3年近く全国で繰り広げられていたKリーグの八百長はファンを欺き続けた。しかし、「このままではダメだ」と勇気を持って叫んだ関係者は1人もいなかった。誰かがもう少し早く笛を吹いていれば、貯蓄銀行問題も八百長問題もこれほど大きくはならなかったはずだ。
 社会が正常に機能するには、必ず守るべき最低限のルールがあり、同時にそれに対する構成員の同意が必要だ。貯蓄銀行問題とKリーグ八百長問題には、われわれはルールと良心の一線が完全に崩壊した韓国社会の投影を見る。さまざまな人脈を築くことや、事業を行うことは大いにすべきだ。また、サッカー界の先輩や後輩に会うのも個人の自由だ。しかし社会を正常に機能させるためには、最低限のルールを絶対に無視してはならない。誰もが聖人君子になれというわけではない。しかし、この最低限の守るべき一線を彼らは守れなかったのだ。
 建設現場の汚職に関与したとして、検察から取り調べを受けた順天大学の任祥奎(イム・サンギュ)総長が、今月13日に自ら命を断った。遺書には「悪魔のワナにはまった。全ては自分が大切にしてきた“出会い”から始まった」と書かれていた。元プロサッカー選手の鄭鐘寛(チョン・ジョングァン)氏も、八百長をめぐる捜査の手が自分に迫ってきたことを察知すると、逃げ道として自殺を選んだ。
 果たして「悪魔のワナ」にはまっているのは彼らだけだろうか。金融、スポーツ界にこれほど多くの共通点があるのなら、韓国社会の別の部分も同じような構造になっているのではないだろうか。



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