おとらのブログ

観たもの、見たもの、読んだもの、食べたものについて、ウダウダ、ツラツラ、ヘラヘラ書き綴っています。

「片岡秀太郎の歌舞伎ばなし」

2019-01-06 23:20:18 | その他いろいろ(歌舞伎)
 昨年12月23日に京都文化博物館で開催された秀太郎さんのトークショーです。京都文化博物館開館30周年記念行事として開催されました。併せて、秀太郎さんの専属写真家の堀出恒夫さんの写真展も開催されていました。秀太郎さんは最近あまりトークショーをなさっていなかったそうですが、この企画に協力された和田那哥子さん(京都文化博物館にいらした方)が秀太郎さんの初舞台からご覧になっている方で、そのご縁で今回久しぶりにお引き受けになったそうです。ただ、和田さんは夏ごろにお亡くなりになったそうで、秀太郎さんもとても残念がったはりました。

 登場されると「松嶋屋!」の大向こうがかかりました。とっても良い大向こうで、こちらもワクワクしました。トークショーの案内には「徒然なるままに芝居を語る」とありました。ちょうど南座の顔見世の最中でしたので、顔見世のお話からでした。

 以下、アトランダムに記していきます。一応メモらしきものも残っているのですが、それ自体がテキトーなため、「これ、いったい何なん?」という内容になるかと思いますが、自分の備忘録として記事にupしておきます。お目汚し、申し訳ございません。先にお詫び申し上げます。

 南座は耐震構造の関係で土台をなおした。外観はなおしていないので、たぶん全然わからない。ただ、ついでに?舞台機構も最新のものに入れ替えたそうで、12月の顔見世で「弁天」から「三社祭」の転換が10分で出来たのはこの最新の機構のおかげだそうです。秀太郎さんの楽屋は27年前からずっと同じところ。

 昔の顔見世は東京の人ばかり、秀太郎さんが初舞台の時は吉右衛門劇団と三代目時蔵さんの全盛期でそれに子役で出演された。上方勢は秀太郎さんだけで、泣いたか台詞を忘れたかしくじったそうで、楽屋に引き上げた時三代目時蔵さんの奥様の小川ひなさんにぎゅっと抱きしめてもらった。昔は夜中までお芝居が続き、その終演にあわせ京阪電車が2両の「顔見世電車」を走らせて大阪のお客さんを帰した。

 上方歌舞伎勢は松嶋屋は朝一番、成駒家は最後と決まっていて、途中のよい時間は東京の人が出演されたそうです。孝夫さんもよくおっしゃっていますが、関西で本当に歌舞伎の舞台がなかった頃、唯一の歌舞伎公演が「顔見世」で、12月が終わると来年の12月まで歌舞伎の舞台がないという寂しい状況だった。

 南座が新開場して歌舞伎をやるけれども、「大歌舞伎」と言えるのは顔見世だけで、他は新作とか花形とかで、ちょっと残念そうでした。

 それから四代目は「よだいめ」、七代目は「しちだいめ」と読むそうです。「よんだいめ」とか「ななだいめ」とかは普通歌舞伎では言わないと。←これ、ちょっと気をつけようと思いました。

 10月の歌舞伎座の「助六」、登場時間は3分を切っていた。「見逃すなあっという間の秀太郎」という川柳?を読んだ方がいらっしゃったそうです。当初、3分の出演でどうしようか迷われたそうですが、8月9月と2ヵ月舞台がなく、お弟子さんの千蔵さんが「3ヶ月も舞台をお休みして、11月の顔見世にいきなり出演するのは…」とおっしゃってくださり、出演を決められたそうです。千蔵さんのことは本当に信頼されていますね。

 11月は3役あった。12月は「寺子屋」と「すし屋」。「すし屋」は孝夫さんの権太がいちばんやりやすい。最後の縄につながれていくところ、自然と涙がこぼれる、決して流しているのではないと強調されていました。

 「すし屋」は七代目幸四郎さんが大阪で見て東京でもやりたいとおっしゃった。江戸歌舞伎はとにかく「粋に」なので、奈良の吉野の話なのに、権太は江戸っ子のしゃべり方、「江戸のすし屋に修業に行ってた」という設定になっている。

 1月は歌舞伎座に出演。「吉田屋」のおきさで、こちらもどなたかが大阪で見た「吉田屋」をどうしてもやりたいと持っていって“江戸の型”を作った。江戸っ子はじゃらじゃらしないので、長唄はなくて常磐津のみ。おきさも最後に出てくるだけ、たぶん5分くらいしか登場しない。

 「私は未亡人」、相手役になる立役さんがほとんど亡くなられたのでこうおっしゃった。あと、「私は女やから」というのもよくおっしゃっていたような。身についているんだろうなと思いました。

 上方歌舞伎を後世に残す、お弟子さんたちの指導が生きがい、8月の「晴の会」と「上方歌舞伎会」はマストとおっしゃっていました。この人たちががんばらないと上方歌舞伎が残っていかない。夢は南座で「菅原」の自分が白太夫をやって、上方歌舞伎会卒塾生に周りをやってもらいたい。1日とか2日の公演でいいので。秀太郎さん、喜寿だそうですので、ぜひ「喜寿の会」を卒塾生の皆さんとごいっしょにやっていただきたいです。卒塾生は皆さん腕をあげているので、秀太郎さん渾身の舞台になりそうです。万障繰り合わせて伺います。
 
 秀太郎さん、女形さんらしい柔らかい上方言葉でお話され、本当にあっという間の1時間半でした。南座から文化博物館へ到着された時、文化博物館から南座へ出発された時、どちらも居合わせたのですが、どちらも綺麗どころとごいっしょ、秀太郎さんの元気の源なんでしょうね。
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コメント (4)   この記事についてブログを書く
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4 コメント

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ありがとうございました (京にんじん)
2019-01-07 11:00:34
詳細なレポート、どうもありがとうございました。すばらしい。

よだいめ、しちだいめ、気をつけます。

白太夫、ぜひ演じていただきたいです。
晴の会、上方歌舞伎会も楽しみです。
大事なこと (まるこ)
2019-01-07 20:25:22
ありがとうございます。
こういうことは、何気なく聞き過ごしてしまいます。
よだいめ、しちだいめ、私も気をつけます。

秀太郎さん (おとら)
2019-01-07 23:20:31
京にんじんさん
あっちこっちとり散らかってしまいましたが、秀太郎さんってこういう感じでお話されるので、ご容赦を。とてもやさしい口調で、ズバッと本音をおっしゃって、残念ながら文字に起こせなかったものも多数あります。

8月のお弟子さんの会の指導はちゃんとご自分の予定に入れたはりました。今年も楽しみです。
読み方 (おとら)
2019-01-07 23:24:34
まるこさん
よだいめ・しちだいめはいつも迷うところでした。こうやってちゃんと教えていただけてよかったです。

ただ、「しち」って「いち」と間違いやすいので、わかりやすく言う時は秀太郎さんでも「ななだいめ」とおっしゃることがあるそうです。

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