スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

技術革新と産業創出

2005-02-20 07:06:24 | コラム

今月は続々と各企業の2004年の業績が発表されている。昨年は国際市場の持ち直しから、スウェーデンの主要企業の輸出は好調。ドル安のため、アメリカやドル建てで取り引きする国とは不利にも関わらず、とくに電話通信関係で大きく業績を伸ばした。スウェーデンの大企業20社の今年の株式配当予定を2004年と比べてみると85%増(!)というから、好調さが分かっていただけるだろう。

しかし、好調な業績の一部は積極的なリストラによる経費節減によるところが大きいともいわれる。業績回復と輸出増にもかかわらず、2004年中はネットで見ると雇用がほとんど伸びなかったため「雇用増なき経済回復」と呼ばれている。一方では、IT技術の利用によって、労働生産性が向上したためだと言われるが、他方ではスウェーデン経済が構造的問題をかかえている証拠だという声も聞かれる。

雇用減に拍車をかけているのが、前も書いたように製造業の東欧への移転(リンク)。東欧諸国が新しくEUに加わり、物流や国境を越えた直接投資が容易になったためだ。東欧諸国のウリを挙げてみると1) 低賃金、2) 比較的に質の高い労働力、3) 西欧市場までの近さ、などだ。例えばポーランドの人件費はスウェーデンのなんと1/8らしい。IKEA家具や建材はほとんどが東欧で製造されている。

労働組合はしばしばこのような海外移転に大きく反対するものだが、ブルーカラーの最大労組LOの経済分析部はこれに対して楽観的だ。長期的に見れば、生産性の比較的低い軽工業が国外へ出ていき、手の空いた労働力がより生産性の高い産業に従事できるようになれば、経済成長につながり、労働者の賃金の上昇が期待できるからだとする。スウェーデンが、急成長する東欧市場に遅れず乗り込んで、売り上げを伸ばすことで、大きな収益をあげることが雇われる側にとってもよいと考えているようだ。

確かに、経済理論からすれば、新しい技術(知識)集約的な産業がちゃんと登場する限りにおいてその見方は正しいが、今すぐにそんな産業が見つかるかと言えば、答えはそう簡単ではない。それこそ、10年先、20年先を見れば、技術がさらに進歩し、おそらく今は考えつかないような産業が登場するのかもしれないが、それは意の遠くなる話だ。

カギは新しい産業、特に技術(知識)集約産業をいかに創出するかだ。スウェーデンでの最近のいくつかの成功例を取り上げてみたい。

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鉄鉱山を持つスウェーデンにとって鉄鋼の生産は昔から大きな産業の一つだったが、近年、中国などの安い鉄鋼に押され衰退してきた。そこで目を付けたのが、付加価値が高く、高度な技術を要する種類の鉄鋼製品。たとえば、極薄のステンレス金属帯。なんと0.1~0.8ミリもの薄さのものをロール状にして出荷する。極薄金属板の使用用途は、熱交換器、車のパイプ、エンジンシリンダー管、溶接用電極などだという。

生産地はスウェーデン中部、ダーラナ地方。この地域では15世紀頃から鋳造が行われていた。僕も一夏、このあたりを自転車で旅行したことがあるが、今でも「~炉(hytta)」という語で終わる村の名前が各地に残っている。長年にわたって蓄積された鋳造の技術に最新の技術を融合させたのだ。ここまで薄い金属板を作れるのは世界中でも数が少なく、生産量を上げるために現在さらなる設備投資が行われている。

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もうひとつは、シリコン・カーバイド。和訳すると“ケイ素炭化カルシウム”となるのだろうか。どうも薄い盤状の物質で、ダイアモンドのように硬く、電力の損失が少なく、高温にも耐えられる。用途としては、電力の送電線や携帯電話のアンテナ局。シリコン・カーバイドという素材は1950年代から存在したが、製造過程が複雑で質の高いものを低価で作るのが難しかった。

リンショーピン(Linköping)大学がこれまで高価だったこのシリコン・カーバイドを低コストで、しかも高品質のものを生産できる技術を開発し、それをNorstelというベンチャー企業が実用化させようとしている。現在、Norstelはリンショーピンの近郊、ノルショーピン(Norrköping)に工場を建設中で、地元に50ほどの雇用が生まれる。
Norstel(英語)
カーバイドの新製造過程

この企業の立ち上げには、地元自治体や行政機関が重要な役割を果たしているのは見逃せない。実際に工場の設立費用を賄うのは地元ノルショーピン市で、それをNorstelに提供するという形をとる。エネルギー庁(Energimyndigheten)と技術革新システム庁(Vinnova)もNorstelの技術開発のために投資を行っている。さらに、会社設立の資本金には3つのベンチャーキャピタルによる融資支援があったことも忘れてはならない。

技術開発の段階での産学連携と、それを実際の製品にする段階での行政の積極的支援の挑戦例だといえよう。


このように新産業の創出には、積極的な技術革新とその実用化が重要なポイントだ。今挙げた技術革新システム庁:Vinnova (Swedish Agency for Innovation Systems) はスウェーデン産業省の外郭団体で、「技術革新システムの効率的な発展の支援と、必要に応じた研究での資金援助を行うことで、経済の持続可能な成長をめざす」のが任務らしい。こういった行政の積極的支援に着目してみるのも面白い。
技術革新システム庁:Winnova(英語)

同じような構造問題を抱える日本経済、特に地方の経済を考える上で、何かしらの参考になればいいと思って簡単にまとめてみた。

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