スウェーデンの今
スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員
 



数日前にストックホルムにおいて、スウェーデン自然保護協会の主催による原発の是非と自然エネルギーの可能性を議論するシンポジウムが開催され、観衆の一人として参加した。大学の研究者やエネルギー庁長官、政治家など多数の講演者やパネラーが様々な角度からシンポジウムのトピックを議論し、非常に面白いものだった。

その内容はいずれこのブログで紹介したいが、その前に、前回の記事の続きとして、福島原発の事故のあと、ドイツにおける原発推進の(一時)中止といった大きな政治的動きがスウェーデンではなぜ見られなかったのか、を書いてみたい。これはシンポジウムを聞きながらずっと考えていたことでもある。

理由のまず1つ目は、前回書いたようにスウェーデンが震災以前において既に段階的な原発依存脱却と自然エネルギーへの大規模な投資を決定しており、その方針については今後も変わりないから、というものである。

しかし、ではなぜ「段階的な脱原発」ではなく「原発依存からの即時脱却」というより急進的な主張が大きく盛り上がらなかったのか?という疑問も出てくるだろう。確かに、スウェーデンにもそのような路線を主張する団体もある。しかし、彼らの声が政治的に大きく取り上げられることはなかった。そもそも、福島原発の事故を受けて、ここで「反原発」の旗を大きく振りかざして政治的なポイントを稼ごうとする政党もなかった。なぜだろう?


ヨーテボリの南60kmほどのところにあるリングハルス原子力発電所(4基)


原発に対して本来否定的な考えをしているのは、左派政党である社会民主党左党、そして環境党のほか、中道保守の連立政権の中では中央党である。

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まず中央党であるが、この党は1970年代に「脱原発」を大きな政治的課題として掲げ、1980年に行われた原発の是非を問う国民投票においても「脱原発」の求心力となった党である。スウェーデンでは1976年から1982年までの6年間、社会民主党政権に代わって中道保守政党の連立が政権を獲得し、当初はこの中央党の党首が首相を務めていた。しかし、連立内において原発推進を主張する保守党や自由党との間で軋轢が生じ、非常に不安定な政治情勢となり、その後2度も首相が交代し、内閣が組み替えられる事態となった。

この中央党は2006年に再び中道保守政党が政権を獲った際にも連立の一翼をなすことになり産業相環境相などのポストを得たが、やはりエネルギー政策における原発の位置づけを巡る不協和音がこの連立政権にとって不安材料であった。連立内では特に自由党積極的な原発推進を主張してきた。だからこそ、この不安を解消するために2009年2月連立4党が議論を重ねて、エネルギー政策における共通見解を発表したのである。それが「エネルギー政策および温暖化対策に関する与党合意」であり、既存原発が寿命を迎えたときに電力会社が新しい原子炉を建設して置き換えたい場合はそれを認める(既存10基を超える増設はダメ)と同時に、再生可能エネルギーへのさらなる投資を誘導する政策が盛り込まれた。原発推進派の自由党と反対派の中央党の妥協の結果である。そして、この合意によって連立内の潜在的な火種が除去されたわけである。

だからこそ、中央党は福島原発の事故を受けて「脱原発」を叫びたくても、連立合意の足かせがある上、再び不協和音を生み出して連立政権の政策運営に影響を与えたくない。さらに、中央党もこの30年間に世代交代しており、かつてのように「反原発」に政治生命をかけるような議員や党員もあまりいなくなり、それどころか原発の必要性をむしろ一定程度認めるようになっているのだ。

※ ※ ※

では、現在は野党である社会民主党はどうか? 社会民主党は党としては原発に反対しているものの、支持母体である労働組合のうち、紙パルプ産業や鉄鋼産業など電力を大量に使う産業の労組は安価で安定した電力供給を求めて原発増設を主張してきた(この点では自由党の主張と同じ)。だから、党内で必ずしも足並みが揃っているわけではない。それでも、震災から1ヶ月あまりが経った4月中旬、元環境相など4人の社会民主党議員が連名で『社会民主主義に課せられた任務は原発を廃止すること』というオピニオン記事を日刊紙に掲載したりもした(この掲載は福島原発の事故だけでなく、その1週間後に迫っていたチェルノブイリ原発事故の25周年に合わせたマニフェステーション(立場表明)を意図してもいた)。


しかし、社会民主党のさらなる問題は、震災の直前に新しい党首が就任したばかりだったことだ。不人気で2010年の選挙において史上まれなる大敗退をもたらした前党首のあと、社会民主党をどのような方向に導いていくかが不明確であり、税制から社会保障を含めた党の方針作りのほうが最優先で、エネルギー政策・原発政策どころではなかったのである。

(左党も「反原発」を主張しているものの、エネルギー政策や環境政策については従来からあまり主張を行っていないので詳しく書かない)

※ ※ ※

さて、環境党はどうだろう? 脱原発を急進的に主張するとすればこの党をおいて他にないだろうが、環境党としては即時の原子炉閉鎖ではなく、あくまで段階的な脱原発という路線を採っている。たとえば、先述した2009年2月の中道右派連立の与党合意の1ヶ月後に、環境党と社会民主党、左党が共同でオピニオン記事を日刊紙に掲載した。そのタイトルは『新しいエネルギー源が確保されるまで原発は維持する』というものだった。つまり、再生可能エネルギーの発電力の上昇に応じて順次、原発を閉鎖していくが、それまでは原発依存もやむを得ないということである。もちろん環境党の党員や支持者のなかには「原子炉の即時閉鎖」という強い意見を持っている人もいるものの、党の路線になるまでには至っていない。福島原発の事故後に、環境党の党首を含む二人の議員がオピニオン記事を日刊紙に掲載しているが、そこでは「スウェーデンでは2020年頃には原子炉2基分の電力が余る見通しだから、今後10年間で少なくとも2基は閉鎖できる」と主張しているに過ぎない。



※ ※ ※

この最後の点、つまり、環境党が即時の脱原発を主張していない、というのは他の国の緑の党などと比較すると非常に面白いかもしれない。それは、今すぐ原子炉を閉鎖しても、その分だけ火力に頼るわけには行かない、という考えもあるだろう。

また、スウェーデンのもう一つの特徴は、社会全体を包む雰囲気として原発の是非を巡る問題は、政治的イデオロギーの問題とか、価値観の問題(例えば環境主義の立場から絶対に反対!)という捉えられているというよりも、むしろ経済的合理性の問題として捉えられているということだ。つまり、原発が他の発電手段と比べて経済的に安いのかどうかが原発の是非を巡る議論の争点となっている。

先日にストックホルムで自然保護協会が開催したシンポジウムでの議論もそうだった。自然保護協会は会員数20万人というスウェーデンで最大の環境団体であり、脱原発の立場に立っているが、この自然保護協会にしても、事故が起きたときの被害が大変だ、とか、原子力は持続可能なエネルギーではない、という論拠よりも、原発の新規建設コストが上昇している一方で風力発電や太陽光発電のコストが大きく減少しており、既に陸上の風力発電所は原子力発電所とコストの面で競合できるようになっている、という論拠を前面に打ち出して脱原発を主張していた。

自然保護協会だけではなく、環境党にしてもこの「経済的合理性」を主要な論拠としており、原発は危険だからとか、事故が起これば取り返しがつかないから、という感情に訴える議論はどちらかというと影を潜めている。もちろん「反原発・脱原発」を主張するそもそもの理由には、安全性への不安や、危険回避を願う本能的な感情があるだろうが、それを前面に出さず、あくまで経済的な問題として議論していくやり方は、戦術としては分かりやすいし、業界や政策決定者などに対する説得力も強い。

ただしその一方で、世論に対するインパクトに欠けるという点は否めない。一般市民の心を動かして「反原発・脱原発」の国民的な盛り上がりを作り出すことは難しい。福島原発事故のあと、ドイツのように大勢の人が街頭に繰り出して反原発・脱原発のスローガンを叫ぶという光景はスウェーデンではほとんど見られなかった。だからこそ、外国の目にも、スウェーデンでは反原発の動きがあまりなかった、と映っても仕方がない。


ドイツのデモを報じるスウェーデンラジオのニュース

(チェルノブイリ事故から25年経った4月26日のデモでも、主催者側はストックホルムで1万人規模のデモを予定していたが、せいぜい1000~1500人ほどが集まったに過ぎなかった。ヨーテボリではわずか100人程度だった)


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
感情に訴える議論 (r.buckminster)
2011-08-27 20:59:22
そもそも原発には被曝労働という人権にかかわる深刻な問題があります。事故のリスクについても、経済的打撃以上の問題があるのです。市民が反原発を訴えるのは決して単純な感情だけではなく、政治家の見ない現実が彼らには見えているからなのです。
 
 
 
Unknown (Yoshi)
2011-08-28 21:31:52
もちろんそうです。原子力の現場における被ばくの現状は世論一般に十分知られていない部分がたくさんあると思いますので、その危険性や人権にかかわる問題などを積極的に広めていくことは重要だと思います。私自身もネットや書籍で読んだ情報しか知らず、実態の深刻さについては理解が不十分があるかと思います。情報を広めていく重要性を否定するつもりはありませんし、被ばく労働の問題を軽視するつもりはありません。

ただし、世の中の大部分の人々にとっては、そのような問題がなかなか実感が湧きにくい話であり、自分の日常生活からは遠い世界のことだと思われていることも残念ながら事実だと思います。それにこれまで培われてきた「安全神話」がいまだに少なからずの人々の頭に今後も残り続けるでしょう。

ですから、世の中のより多くの人を巻き込みながら、脱原発運動や、原発一辺倒ではないより幅広いエネルギー確保を推し進めて行くためには、危険性を訴えるだけの戦略では不十分であり、もう一つの戦略として経済合理性の面から原発に疑問を投げかける戦略も重要だと思います。
 
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