慈愛の人、良寛の漢詩を紹介します。
まず、在俗の弟子、三輪左一が他界したという報せに接して作った漢詩です。
左一の順世を聞く
微雨空濛芒種節
故人捨我行何処
寂寥不堪則尋去
万朶青山杜鵑鳴
微雨空濛タリ芒種ノ節
故人我ヲ捨テテ我何処カ行ケル
寂寥ニ堪ヘズ則チ尋ネ去レバ
万朶ノ青山、杜鵑鳴ク
「訳」
びしょびしょと雨の降り止まぬ梅雨の頃、死んだ左一はわたしを捨ててどこに行ったのか。
さびしさに堪え切れなくなった私は左一を探しに行く。二人で歩いた山道をここ、かしこと尋ね歩いているうちに、どこかでひょっこり左一に出会うような気がしたのであろうか。越後の山々は枝いっぱいに緑の若葉をつけて、いつまでも振り止まぬ雨の下に煙っていた。その山波の上でほととぎすが啼く。
心の友を相次いで失った打撃に打ちのめされて良寛は病気になった。良寛は心身ともに病気になったのである。長い長い越後の冬があけて桃の花夭々と咲い匂う春の訪れとともに良寛はやっと病気かた起ち上がる。その時が「病より起きて」である。
一身寥々枕衾に耽る
夢魂幾回か勝遊を逐う
今朝、病より起きて江上に立てば
無限の桃花 水を逐うて流る
病気になって以来、良寛上人は孤独であった。かたわらにあるのは夜具と枕ばかり。夢の中
で良寛は、幾たびも景色の美しいところに遊んだ。つまり、亡くなった左一らと夢の中で幾
たびも語りあった。それは良寛の執念であった。つ愛するものを最後まで追うて行きたいという人間の執念であった。友を忘れることのできない良寛上人の愛執が、夢の中まで良寛を
蝕んでいたことになる。良寛はようやく病から起きた。それは体の病気が治ると同時に良寛
の心の病が癒えたことでもある。こうして良寛上人は、思い出深い中ノ口川のほとりに立つ。いくたびか通った中ノ口川の流れは、今、良寛の眼下を静かに流れる。川の面は一面の桃の
花びらである。上流から下流へと無限の桃花が水を逐うて流れる。
鑑賞
花びらは人のいのちである。逝った者のいのちが川面いっぱいにあふれて流れているではないか。まわり一面がいのちの渦ではないか。良寛はそのことにようやく眼をひらいたのであった。
愛別離苦の果てにやすらぎを得た良寛の姿があります。仏教では悟道というそうです。
紀野一義 「禅 現代に生きるもの」 NHKブックス
まず、在俗の弟子、三輪左一が他界したという報せに接して作った漢詩です。
左一の順世を聞く
微雨空濛芒種節
故人捨我行何処
寂寥不堪則尋去
万朶青山杜鵑鳴
微雨空濛タリ芒種ノ節
故人我ヲ捨テテ我何処カ行ケル
寂寥ニ堪ヘズ則チ尋ネ去レバ
万朶ノ青山、杜鵑鳴ク
「訳」
びしょびしょと雨の降り止まぬ梅雨の頃、死んだ左一はわたしを捨ててどこに行ったのか。
さびしさに堪え切れなくなった私は左一を探しに行く。二人で歩いた山道をここ、かしこと尋ね歩いているうちに、どこかでひょっこり左一に出会うような気がしたのであろうか。越後の山々は枝いっぱいに緑の若葉をつけて、いつまでも振り止まぬ雨の下に煙っていた。その山波の上でほととぎすが啼く。
心の友を相次いで失った打撃に打ちのめされて良寛は病気になった。良寛は心身ともに病気になったのである。長い長い越後の冬があけて桃の花夭々と咲い匂う春の訪れとともに良寛はやっと病気かた起ち上がる。その時が「病より起きて」である。
一身寥々枕衾に耽る
夢魂幾回か勝遊を逐う
今朝、病より起きて江上に立てば
無限の桃花 水を逐うて流る
病気になって以来、良寛上人は孤独であった。かたわらにあるのは夜具と枕ばかり。夢の中
で良寛は、幾たびも景色の美しいところに遊んだ。つまり、亡くなった左一らと夢の中で幾
たびも語りあった。それは良寛の執念であった。つ愛するものを最後まで追うて行きたいという人間の執念であった。友を忘れることのできない良寛上人の愛執が、夢の中まで良寛を
蝕んでいたことになる。良寛はようやく病から起きた。それは体の病気が治ると同時に良寛
の心の病が癒えたことでもある。こうして良寛上人は、思い出深い中ノ口川のほとりに立つ。いくたびか通った中ノ口川の流れは、今、良寛の眼下を静かに流れる。川の面は一面の桃の
花びらである。上流から下流へと無限の桃花が水を逐うて流れる。
鑑賞
花びらは人のいのちである。逝った者のいのちが川面いっぱいにあふれて流れているではないか。まわり一面がいのちの渦ではないか。良寛はそのことにようやく眼をひらいたのであった。
愛別離苦の果てにやすらぎを得た良寛の姿があります。仏教では悟道というそうです。
紀野一義 「禅 現代に生きるもの」 NHKブックス







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