新島襄が賦した五言絶句です。
寒梅
庭上一寒梅
笑侵風雪開
不争又不力
自占百花魁
庭上ノ一寒梅
笑ウテ風雪ヲ侵シテ開ク
争ハズ又力(つと)メズ
自(おのずか)ラ百花ノ魁(さきがけ)ヲ占(し)ム
「訳」
庭さきの一本の早咲きの梅が、平気で風や雪にもめげずに咲いたことだ。
まるで微笑むかのようである。
一番咲きを競おうとしたのでもなく、無理に努力したのでもない。自然にあらゆる花のさきがけとなってしまったのである。
新島襄は、上州安中藩、板倉家の江戸一橋邸で生まれました。父・民治は藩の右筆(ゆうひつ)であり、幼児から漢学を修めていました。後に同志社大学を設立した人物です。
因みに、梅は松、竹とともに「歳寒三友」と言われています。
「吟剣詩舞道漢詩集 絶句編」吟剣詩舞振興会
寒梅
庭上一寒梅
笑侵風雪開
不争又不力
自占百花魁
庭上ノ一寒梅
笑ウテ風雪ヲ侵シテ開ク
争ハズ又力(つと)メズ
自(おのずか)ラ百花ノ魁(さきがけ)ヲ占(し)ム
「訳」
庭さきの一本の早咲きの梅が、平気で風や雪にもめげずに咲いたことだ。
まるで微笑むかのようである。
一番咲きを競おうとしたのでもなく、無理に努力したのでもない。自然にあらゆる花のさきがけとなってしまったのである。
新島襄は、上州安中藩、板倉家の江戸一橋邸で生まれました。父・民治は藩の右筆(ゆうひつ)であり、幼児から漢学を修めていました。後に同志社大学を設立した人物です。
因みに、梅は松、竹とともに「歳寒三友」と言われています。
「吟剣詩舞道漢詩集 絶句編」吟剣詩舞振興会







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