yoshのブログ

日々の発見や所感を述べます。

大正評判女番附

2016-05-15 05:16:40 | 文化
大正期に評判となった女性を相撲番付風に紹介した「大正評判女番附」1923年刊行(図面下)というものがあります。
右上に横綱として「銀行家 広岡浅子」が、大関として「教育家 安井哲子」があります。
二人の活動は社会から高い評価を受けていました。広岡浅子(1849~1919)は、NHKの朝ドラでも有名になりましたが、実業家であるとともに、女子教育にも深い理解を示し、日本女子大学の創立に深く関わりました。

安井哲子(1870~1945)は一般に「安井てつ」として知られていますが、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学で学び、東京女子大学の創立当初より学監として初代学長新渡戸稲造を補佐し、また、第2代学長として建学の礎を築きました。
広岡浅子と安井てつ、同時代の二人は、女子教育の理想を追求し、活発に意見交換をした仲であったそうです。
矢島楫子(やじま かじこ)(1833~1925)女子教育家、社会活動家。女子学院初代院長。
三浦環(みうら たまき) (1884~1946) ソプラノ歌手、欧米各地で「喋々夫人」に出演。
棚橋絢子(たなはし あやこ)(1839~1939)女子教育家、現東京女子学園の初代校長。
九条武子(くじょう たけこ)、(1887~1928) 歌人
野上弥生子(のがみ やえこ)(1885~1985) 小説家
豊竹呂昇(とよたけ ろしょう)(1874~1930) 女義太夫の太夫
岩崎なを(いわさき なお)(1868~1950) 新潟県出身の助産婦。帝国大学、産婆養成科に入学、昭和天皇、秩父宮、高松宮、三笠宮の助産を担当。
峰島きよ(みねしま きよ)(1833~1918)夫の遺産で東京府の教育支援
吉岡弥生(よしょか やよい)(1871~1959)医師。現東京女子医科大学を創設。
川上貞奴(かわかみ さだやっこ)(1871~1946) 日本初の女優として初めて欧米を巡業。
下田歌子(しもだ うたこ)(1854~1936) 教育家、現実践女子大学の創設者
江木栄子(えぎ えいこ)(1877~1930) 新橋の芸妓、美貌で社交界の花形
平塚雷鳥(ひらつか らいちょう)(1886~1971)女性解放運動家、婦人参政権運動に尽力
松旭齊天勝(しょうきょくさい てんかつ)(1886~1944)近代奇術の代表者。
上村松園(うえむらしょうえん)(1875~1949)日本画家。女性初の文化勲章受章者。
鍋島栄子(なべしま ながこ)(185^1941) 日本赤十字社篤志会看護婦人会会長。
毛利安子(もうり やすこ)(1843~1925)婦人の地位向上と慈善事業に注力、日本赤十字社の要職を務めた
与謝野晶子(よさの あきこ)(1878~1942)歌人
跡見花蹊(あとみ かけい)(1840~1926)女子教育家。現跡見学園女子大学を創立

まさに百花繚乱とも言える人々です。この番付にはありませんが、津田塾大学を創立した津田梅子(1864~1929)も忘れることができない一人でしょう。




ネットより借用

           「挑戦する知性」東京女子大学

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