──縦長の光りの帯を締め出すようにして閉じられた闇の中で。
私は独り、端座していた。
「姫子……」
扉が閉じられる直前、私は愛しい人の名を唇にのせた。震えるようなか細き声、喉から絞り出したひと声を無情に上塗りするように、重苦しく扉は軋り音を立てた。
まるで、その名が呪文であったかのように、扉は閉められた。社は、私の声を、そして現世での記憶を、静かな闇にくるめるようにそっくりと封じこめた。私という存在は、底なしの闇に沈んでしまったのだ。けれど、最後の言葉が、「それ」であったことに私のこころは、とてもとても、満ち足りていた。
気の遠くなるような長い石段を踏みしめた足の裏は、じんじんしていた。
何百年と封じられていた社の扉。それが開かれた瞬時に鼻をついたかび臭さはもう消えていたけれど、室内の重苦しい空気は度を増すばかりだった。
風が吹いたわけでもないのに、ときおり頬をなでるひんやりした感触。
それは気のせいなのか?
密閉されているのだから、今にその空気も生ぬるく湿って、私の喉を真綿をあてたように締めあげてゆくのかもしれない。いや、そもそも月面上の酸素濃度からして窒息するのに、時間はかからない。
最期に私を溶かすものは何なのだろう。
やがて我が身も砂塵と化して、この澱みの中へ散ってゆく。
その時、社は崩れ落ちてしまうのだろう。
それともこの萱葺き造りの建物が私を押し潰すのだろうか?
いいえ、もう、私の肉はあの世界で滅びているのだから。
私のこころは、大事なところへ届けてしまったのだから。
いまさら、恐れる痛みなどありはしない。
「姫宮千歌音」はもう、存在していないのだから。
いつとも知れぬ来世への転生までの間、使命を終えた巫女に与えられた特別な空間。
ここを精神の安寧の部屋ととるか、孤独と沈黙が支配する牢獄ととるか。
「寂しくはないわ…思い残すことは、もうないのだし」
自分に言い聞かせるように呟いてみる。
声は森閑とした部屋で、微かにこだまし、再び沈静な空気にしみいるように溶けていった。