陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

書籍『呪いの時代』

2016-09-05 | 教育・学術・読書・子ども
ベストセラーになっている話題の書、とくに社会学関係の本を読むたびに毒づいてしまうんですよね。知的な刺激を期待していたのに、思ったほど果実が得られなかったりすると。ある難病に冒されている女子学生の手記とくれば同情を集めるはずだけど、どうも書き手のわがままさが鼻持ちならなかったりする。博士卒なのに就職先もないと嘆く人の告発本も、被害者感情だけが先走っていて論理性に欠けるきらいがある。就職氷河期世代のもう三十路が「若者論」なんて書いてると、いつまで保護される子どもきどりなの、と情けなくなってしまう。こんな本を読むと、どうしても、その著者の人格をこき下ろし攻撃性が剥き出しになる。しかし、こんな悪い本読んだ、という唾棄のような言葉で終わっていいのかとも思ったりします。

そして、実は、こんな攻撃的な自分の心持ち自体が、すでに呪われている。そう気づかせてくれた一冊がこちら。

呪いの時代
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思想家にして武道家、もともとは大学教授(しかも、高校中退で東大卒なのに、博士号は他大学、会社も経営していた)だったという変わった肩書きをもつ論客・内田樹(うちだたつる)の『呪いの時代』は、なんとなく現代社会に横溢しているもやもやとした空気に、かっちりとした枠をあてはめて、そして希望にあふれる舵取りをさせてくれるような思想書です。文筆家のエッセイって、たいてい、ご自分の恵まれた環境にあるからこそ許された体験にもとづいての高飛車なものが多いわけですけども、本書は鋭敏ながら、語り口は穏やかですね。それでいて静かな怒りが感じられるのです。

日本におかける討論が、おのおのの知識の質量の見せしめになり、相手を打ち負かす殺法になってしまう。情理を尽くして語ることもなく、「がんばれば夢が叶う」という楽観的な教育のせいで、私たちは万能選手なできる自分という異常な高い自己評価と、他者を見下すことで溜飲を得ようとするムードからの、あまりに低すぎる外部評価とのギャップに苦しんでいる。肥大化した自尊感情を持て余した若者は、「努力しても報われない」という現実を知った時、秋葉原無差別殺人のように爆発させてしまう。

著者が語るところの「呪い」とは、幸福を諦めてどうせ世の中はこんなもん、という諦観を植えつけてしまう「自己呪縛」のこと。また社会が強いる他から望まれる自分に押し込めることもまた「呪い」である。呪いから脱するには、こうでしかない正味そのままの自分を「祝福する」こと。

この「祝福」のために必要なことは、他者との共生のために、価値を贈与していくことだという。この贈与というのは、経済学者の唱えるような貨幣を世の中で回せとか、富の再分配とかそれだけでもなく、才能ある者がその才能を社会へ返礼していくこと、それについて感謝と敬意が溢れかえるような関係であるという。

著者の論及はとにかく相手の出方をうかがって後手に回っていく我が国の政治家の姿勢や、赤い糸ファンタジーを鼓舞して盛況する婚活業界、適職イデオロギーを植えつけて若者の職離れを煽っているリクルート業界、そして未曾有の惨事の危険性にも気づかずに推進された原発政策にまで及びます。

著者の唱えるユートピア幻想的な贈与論は、いわば映画「ペイ・フォワード」に見られるような悲しい結末に向く可能性があり、かような自己啓発的な文言はいつでも数少ない良心的な人の内輪で回されていく恩恵でしかない、という事実もあります。

しかし、すくなくとも知識を剣にしてひとを刺すという、ぶっそうな教養の怪物にだけは振り回されないぞという教えに導かれることは、本書の効果であると感じざるをえないのです。知識人とはそもそも、自分の知性をひけらかし、批判するだけにしか能がないないのではなくて、ひとびとが言えないことをわかろやすく代弁して、改善を促していく伝道師であるはずだったんですよね。でも、いまの出版文化ではいつのまにかゆるやかな自己表現によって、弱者が自分の不幸をアピールして庇護される権利を得たり、階層の階段を上って強者連合へと組み込まれようとする野心的なツールになってしまった感があります。

なにかこころに晴ればれしいものを得たような、背筋を伸ばしたくなるような、そんな清々しい読後感ですね。よくあるビジネス本やコミュケーション学にある使い古されたハウツウに鬱屈したあとでは。

(2014年5月19日)


【追記】
ちなみに、この著者は最近は安易なつくりの対談本が多くて、内容が薄く、あまり面白くないです(辛口)

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