陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

あれからの神無月の巫女、これからの姫神の巫女(九)

2021-02-13 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
電撃マオウ編集部さん
毎月毎号、ひめちか表紙でお願いします!
(漫画家先生が倒れます)



すでに完結された小説から描きおこされた漫画、あるいは先を進む漫画から声や動きのついた映像。
なんらかの原作を読んでしまった者は、いわば、タイムトラベラーのようなものです。キャラクターたちの行く末を踏まえたうえでの、おせっかいな助言を述べたくもあり、茶々を入れたくもある。知らないままで楽しめたらならば、どんなにいいかと願ってもしまう。都合よく忘れておきたいのに、初見であまりに斬新だったり、胸をえぐられたりしたものだから、記憶から気前よく削ることができない。

こと神無月の巫女のスピンオフと称するこの漫画にあっては、原案とされたウェブノベルどころか、さらにその本家のアニメもしくは漫画まで引きずり出すような演出が、そこかしこにあるために、いまだこの呪縛から遁れることのできない自分を認識して、そら恐ろしくもなります。どこに行っても、何を見ても、その物語が座標になる。これが呪いではなくて何なのでしょう。現代ではこれを愛と可愛らしく呼ぶらしいのです。

めでたく単行本第一巻発売月と同時に、はじめて巻頭カラーを飾った今月号の雑誌。
いつもいつも、(表紙にされた作品に詳しくないので)馴染みの書店で探しにくかったのに、今回だけは一目でわかりました。十数年前から拝んできたふたりですもの。このふたりの表紙にピンときたら買いましょう、コミックス一巻とともに。

2007年当時『ドラゴンエイジ』誌で連載中だった『京四郎と永遠の空』も表紙になって。(「どっきりの二月号 表紙と附録」
なぜか、白鳥くうとせつなとがクリーム泡立てる百合ちっくな一枚だったはず。ボーイミーツガールな話なのに、なぜ? タイトルにもあるのに、少年主人公不憫やな…と感じた覚えが。『絶対少女聖域アムネシアン』のときはどうだったんでしょうね。『神無月の巫女』は最終回からさかのぼって三回分しか買わなかったのですが、表紙になったことがあるの? 当時の『少年エース』誌はケロロ軍曹とかメジャー作品があったので、あまり大きく扱われていない印象。でも、その三話分はいまだに保管しています。

あとがきの介錯先生いわく「神無月までの話なので実は初めての雪景色の二人です」。
…ということは、今回のふたりは、神無月で終わらないふたりなのかもしれません。当初はコミックス第一巻が十月ごろ発売予定だったから、雑誌の表紙を飾るのも秋だったかも。タペストリー特典のために発売が遅れたものの、真冬のふたりが拝めるなんて、嬉しいサプライズですね。管理人は、1月発売号なので、表紙絵は晴れ着すがたのふたりではないかなと予想していました。

にしても、この表紙、実にいいですね。
相合マフラーという定番ながらも、奥行きがあり、ムーブマンがある。媛子の笑顔は弾けて明るく、千華音の静かな慈しみある表情が奥に。よく女の子ふたりが読者に媚びる目線で目を向いているのがいやらしいから、見つめあったままという百合漫画が多いけれど、あまりこちら(読者)を舞台の観客じみた設定にされると白けてしまうこともあります。千華音のまなざしは正面を向いているようで、実は媛子に注がれている。カラーだとよくわかる万華鏡みたいな輝きの瞳です。白銀世界という背景に、明と暗の互いのパーソナルカラーを基調に、限定された彩色でとてもわかりやすい一枚絵です。この一枚だけでドラマになる。いつもはすぐに雑誌は解体するのだけど、背表紙にハサミを入れるのがいやで…。どうやって保管すべきか。





さて、今回は表紙にくわえ巻頭に。めまぐるしい展開の第九話。
(拙ブログではレビューしなかった)五話以降では、想いが先走りしすぎてしまった千華音が自分を見つめなおして、媛子との関係改善を図らんとする。そして同時に、これまで使命一途だった千華音の目的が変わります。今回は秘めたる想いを抱えながらも、媛子との嘘いつわりのない最後で最愛の一日を過ごそうとする…。

このエピソード、原案ノベルではわりとさらっと読み流してしまうくらいのところを、かなり丁寧に千華音の心理を拾い上げているのがポイント。そして、これも主人公視点の叙述トリックでごまかせる小説とは違って漫画の利点なのでしょうが、対する媛子のささいな表情の綻びがわかってしまうところです。

警戒心の欠片もないからすでに刀入りのカバンすら携帯しない千華音。嫌われるのが怖くて指先だけそろりと握ろうとしたり、実物以上に(?)美化して好きな部分を挙げたり、媛子への想いがとうとう一番になってしまいます。ここのあたりの演出が、神無月の巫女オマージュではあるのだけれども、原案ノベルからずらして、敢えてここに持ってくるあたりがさすが!と思うのですよ。実質、ここはアニメの十一話みたいなものだから。そして、これはひめちか史上最高に美しい愛の独白。媛子を前にしての、媛子には明かせない、でも本音ではわかちあってほしい想い。







アクシデントがあって、デートを早めに切り上げ、媛子のマンションへ招かれた千華音がつかのま耽る夢想も美しければ、それが泡沫のごとくつぶれる瞬間も残酷すぎる。死に際に追い詰められないと真実の愛を自覚できないのは、姫子と千歌音ちゃんらしいと言えるのですが、次回がかなり気になる終わり方ですね。

ところで、今回のお話。
千華音が「女の子同士が愛しあうのは…」という独白で罪悪感をあらわにした部分が、令和の百合としては古すぎるという、貴重な意見があったようです。有名な芥川賞受賞の女性作家が描いた百合もの小説でもノーマル女性が女性愛を嫌悪する描写はありますし(そのあと両想いになる)、百合漫画ばかりをたしなまない一般人が読むものなら別段おかしくないのでは。千華音は自分の好意を否定されるのを恐れて、そう理由付けしただけですし、そのあと媛子に受け入れられているので問題ないのではないでしょうか。千華音ちゃんだって、もともと古い習わしがある地域の生まれだし。愛の多様性はフィクションで描かれたら認知されるわけではないし、そもそも恋愛のなんたるかは物語から知る前に付き合っちゃうのが定石ですし、二次元をジェンダーレスのプロパガンダに利用されるのは怖いような…。

作品数が多すぎて、上級者向けの現代の百合漫画についていけない人間はそう思ってしまいます。愛のために戦って死ぬのは、男だけじゃなくて女もそうなのよ!という恋愛や生き様が見たいのですよ、虚構なのだから。生徒会選挙や演劇部などの文化部活動などの定番学園ものは、やはり群像劇に優れた「マリア様がみてる」が王道だと思っていますし。

しかし、読者層の年代によって価値観が異なってしまうのも、細々とはいえ十年以上愛されたコンテンツだからなのかもしれませんね。誰しもファーストインパクトをうけた作品を神だと信じ込んでしまうものですから。その作品のことは知らないが、その猛り狂った愛着だけは理解できるというのがヲタクのシンパシーなのですね。



*漫画「絶対少女聖域アムネシアン」&ウェブノベル「姫神の巫女」、そのほか関連作レヴュー一覧*
漫画「絶対少女聖域アムネシアン」および、ウェブノベル「姫神の巫女」、そのほかの漫画などに関する記事です。

★★神無月の巫女&京四郎と永遠の空レビュー記事一覧★★
「神無月の巫女」と「京四郎と永遠の空」に関するレビュー記事の入口です。媒体ごとにジャンル分けしています。妄言多し。



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