陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

幸せに働くこと──ある新人イラストレイターの遺した手紙(三)

2017-11-25 | 仕事・雇用・会社・労働衛生

個人の所感にとらわれた見苦しい記述が目立つので、そろそろ結論に入ろう。
私がブログ改編後に、カテゴリーで「仕事・雇用・会社・労働衛生」を最上位にしたのは、この問題について今後考えていきたかったからである。

デザイナー職の過労死が裁判で認められるようになったのは、2000年代に入ってからではなかったろうか。
労災申請の時効は、死亡や障害の場合、最大で5年(保険給付により異なる)である。また裁判で安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求は、時効10年。既にそれはとっくに過ぎていた。遺族に依頼されて労基署に提出する書類を作成した私は、当時まだ学生で、働くことの苦労も知らずにいた。当時、労基署は相談してもなしのつぶてだったし、現在のように労働紛争解決の法的なサポートも十全でなかったかと記憶している。そもそも、まともに申請書を書けたかもさだかではないし、誰に相談すればよかったのかわからなかった。それから、学生時代を終えた私も、幾度も不安定な働き方をして、いま、やっと程々の収入を得るようになっている。私と故人とを揶揄した連中よりも多くの稼ぎを得ているし、家族も近くにいるし、地元にも貢献していると自負している。仕事で失敗したことも多いが、仕事を通じて学んだこと、知り合いになれた方もいる。いまの本業は、自分から選んだものではないけれど、あんがい、自分の性分に合っていると思っている。それでも、何かの拍子に、上記の理不尽な人間の言葉が自分の頭の中に湧きあがってしまうのを抑えられないのである。だから、私は俗にいうクリエイター職(志望者もふくめて)そのものが大嫌いであるし、他人の不幸を蜜の味として暴き立てるマスコミにも不快感がある。NHKでも過労死者を出して話題になった。みんなが憧れるはずの、社会正義を代表するマスコミですら、ひとを殺す会社なのである。

過労による自殺が深刻な社会問題として俎上に載せられて、まだ新しい。
2014年には過労死等防止対策推進法が制定。「過労死等」とは業務上の過重負荷による脳血管疾患や心臓疾患を原因とする死亡、もしくは業務による強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡、またはこれらの脳血管疾患や心臓疾患、精神障害そのものだと定義されている。2016年にははじめて、厚生労働省により過労死等防止対策白書がまとめられた。この白書によれば、「自殺者総数」自体は減少傾向にあるのに、その総数に占める「勤務問題を原因の1つとする自殺者総数」は2000人台で、10年前(5.5%)に比して9%近くまで上昇している。

さらに同白書による、労災請求件数にも注目してみよう。
業務過重による「脳・心臓疾患」の労災請求件数は、過去10年間で、700件台後半から900件台前半を推移。いっぽう、「精神障害」発病の労災請求は、2015年度は1515件で1990年代からすればほぼ10倍。労働者がブラック企業を訴えるハードルは下がっているし、企業にとってはイメージダウンにつながる。伊藤忠商事などのように「健康経営」を合言葉に、社員の朝型勤務推奨やがん患者の就労支援に乗り出す企業も増えている。

日本の過労死問題は国際的な非難を浴びており、2013年、国連の社会権規約委員会は日本政府に対して立法や規制を講じるべきと勧告した。2014年の立法はこの外圧があったせいだろう。2016年9月26日、安倍内閣により働き方改革実現会議が開催され、2017年3月、「働き方改革実行計画」で罰則付きの残業上限(月平均60時間まで)を明記した。過労死等防止対策推進法が制定されたのちも、過労死者は後を絶たない。判明しているだけで、潜在者はもっと多くいるだろう。いったい、あとどれくらいの労働者が犠牲になれば、国も会社も働かせ方を見直すのだろうか?

企業の働き方改革は経営状態に左右される。
読売新聞社と帝国データバンクの共同調査によれば、働き方改革への取組みには、企業規模や地域間の格差が激しい。大企業の64%は対策済みだが、中小企業の38%は未着手。関東圏や近畿圏がやはり高く、東北など地方圏が低い。ただし、大企業はそもそも残業代込みの高給なので長時間残業が多く改善の余地があり、かつ、雇用の調整弁である派遣やパートタイム労働者を多く雇用しているので対策が立てやすい面もあるだろう。職場の環境要因だけに原因を求められず、そもそも労働者(とくに傷つきやすい若い世代)の「個々人のストレス対処能力」の向上が課題だと指摘する声もある。(『心を強くするストレスマネジメント』榎本博明著・日経文庫・2017年)

人手不足が深刻化している現在、労働者は企業に対し過重労働の是正を強く求めている。
厚生労働省および文部科学省の調査によれば、来春卒業予定大卒者の就職内定率は、10月1日時点で75.2%、高卒者も62.7%である。1996年の調査以来、過去最高を記録した。学生はバブル期並みの超売り手市場なので、ブラック企業を敬遠している。電通事件(「仕事のために死んではいけない」)のように、新卒間もない大卒女性が過労自殺した事件も影響を与えた。私は、法律の資格取得を通じて、労働問題に強い関心を抱いている。企業はサービス残業を出さないように努めるが、そのいっぽうで、労働者にもとめられるのは時間単位当たりの労働生産性を大幅にアップさせることである。長時間労働が問題視される日本は、OECD先進国中でも労働生産性(就業者1人当り国内総生産、就業1時間当たり国内総生産)がかなり低い(公益財団法人日本生産性本部による労働生産性の国際比較 http://www.jpc-net.jp/intl_comparison/ )。 つまり日本人は勤勉だが、残念ながら、けっして労働能力が高いわけではないということだ。会社の中でも、能力によって格差はひろがっていくだろう。過重なノルマか、個人の能力不足かは判別が難しいし、従業員の人事評価はかならずしも公平ではない。労働契約法によれば、労働者と使用者とは互いに対等な存在であるはずだが、実際には、労働者がもの申せぬ不当な扱いが横行し、また、派遣契約のように個人が使い捨てされるだけの働き方も蔓延していた。こうした不当な労働問題についての、行政の介入も期待したいところであるが、私の体験から言えば、雇用者側もどこへ、どのように、相談すべきかの手立てを知っておく必要があるだろう。

好きな仕事をしていて自分は輝いている、誰だってそう思いたい。
しかし、その仕事は周囲に理解されているのだろうか? その仕事で他人は幸せになれているのだろうか? 自分の仕事の成果は、社会に貢献しているか? 他者に理解され、評価され、肯定されない仕事は不幸なのか? 今のその仕事で、ずっと食い扶持を稼いでいくこと、家族を支えることはできるのか? ────つねに、私は己の胸にそう問いかけている。

先日11月22日読売新聞朝刊の読者投稿欄で、こんな文面を目にした。
中学生女子による、「働く人の命と心 何よりも大切に」と題された一稿。システム開発会社の男性社員が過労自殺し、遺族が損害賠償を求めた裁判で和解した新聞記事をもとにしている。「世の中、仕方がないこともあるが、どんな理由があっても絶対守らなければならない大切なものがある。それは『人の命と心』だ。働く場で孤独になって、何事も一人で抱え込むことだけは避けるべきだ」と結ばれている。この文面に同意したいが、しかし、労働者の側もどうすれば職場で孤立しないで自分の能力を発揮できるか、質の高い労働力を提供できるかを考えていく必要はあるだろう。

政府にも、労働基準監督や厚生労働省にも、企業経営者や管理職にも、そして働く人すべて、そして支える家族にも、真剣に考えてほしい。幸せに、健康に、仕事をして生きていくためにどうすればいいのか、を。元気で働ける人は、ますます少なくなっていく。この国で、誰一人として、欠けてはいけないのである。まだ若い身空で仕事に絶望し、社会に絶望し、命を投げ出してしまう。そんな人がひとりでもいなくなってほしい。勤労感謝の日に思うのは、そのことである。


【幸せに働くこと──ある新人イラストレイターの遺した手紙(一)】
「良いものを良いと感じる心や反省点が自分の心の宝。他人に責任を負わせるのではなく、自分自身を反省し、周囲に振り回されることなく、芯のしっかりした人間に」──希望に燃えていた正社員イラストレイターは、あの日、なぜ会社で倒れていたのか…。

【幸せに働くこと──ある新人イラストレイターの遺した手紙(二)】
会社にとっては、ひとりの未来ある新人が会社で亡くなった事実など、芥子粒にひとしいできごとにしかすぎない。しかし、家族にとっては、その人間は誰にも置き換えることができない。貴重な働き手をうしなうことは、大きな損失であることを認識しよう。


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