陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

作家が本にしたくないものは、秘するが花

2018-09-15 | 教育・学術・読書・子ども

世界でいちばん知られている日記文学、それは「アンネの日記」ですよね。
オランダのアムステルダムに家族とともに潜伏していたユダヤ人の少女アンネ・フランクが書いた手記。ナチスドイツの強制収容所へ送られるまでの日々を、切々とつづったものです。隠れ家から戦後発見され出版、世界中で愛読されています。原物の一部ページが保管されていました図書館で、愉快犯によって頁が切り取られるという騒ぎがあった、あの本。

読売新聞朝刊6月7日付け記事によれば、この「アンネの日記」について新発見があったとのこと。紙が貼られて内容が隠されていた2頁分について、最新のデジタル技術を用い、オランダの研究社が解読に成功。さて、そこに書かれてあった内容は…。

あけすけに言えば、10代の子どもが関心を持ちそうな性的なジョークの類。思春期のからだの変化や妊娠、売春についてなどなど。わざわざ隠したのはもちろん誰かに読まれるとマズいからです。アンネ、このとき13歳。隠れ家潜伏の約2か月後、1942年9月頃と判明。社会と接点がなくなれば、おのずと関心が自分の身の回りのことに向かいます。研究者は「才能豊かなアンネも普通の女の子だったことがわかる」と結んでいますが、自分の生存本能について目を逸らさずにいることはできないのではないでしょうか。私は「アンネの日記」をまだ完全に読んだことはないですが、新訳が出たとしても、今回の発見部分は含めないでほしいなあというのが本音です。

最近、読んだ渡辺和子さんの著作にも、同じような感想を抱きました。
他にも著作はいくつかあるのですが、とくに有名なのは『置かれた場所で咲きなさい』『面倒だから、しよう』の二作が、マスメディアで取り上げられベストセラー。その著者は、キリスト教系大学の理事長を務める修道女。二・二六事件で陸軍将校だった実父を目前で殺されたという衝撃的な過去があり、30歳間際で修道院入りし、その後、岡山の大学に派遣され突如、二代目学長に就任してしまったという予期せぬ経歴の持主。代表作『置かれた…』は、落ち込んでいた著者を励ますために宣教師が贈ってくれた、ある英語の詩からとられています。

昨年逝去後に出版されたのが、『あなたはそのままで愛されている』。
現在でもそこそこ売れ筋なのか、本屋でもよく平置きされているのを見かけます。この本は、これまで著作に含めなかった遺構をもとに、晩年の介護にあたったというご遺族によって編集されたものですが、失礼ながら、やや違和感があります。前二作と異なって、筆者のイメージをやや損なうような、なまなましい情念の残滓が垣間見えるからです。といっても、アンネのような過激なことではないのでしょうが、初恋のひとが自分に振り向いてくれず嫉妬に苦しんで…といったような。

先ほども申し上げたように、どんな聖人君子であっても、清純な少年少女であろうと、人の道に外れるとは言わないまでも後ろ暗い感情というのは、必ずあります。
誰でも、自分を知性あふれて高潔な存在に見せかけたいものでしょう。聖職者ならなおさらに。著者があえて出版する原稿から抜いていた言葉は、表沙汰にしたくなかったからでしょう。『あなたはそのままで愛されている』というタイトルも、なんとなく若者受けのいいディズニーアニメの「アナと雪の女王」のLet it Go という台詞を匂わせ、心の平穏を保つためには自分なりの修養が必要だというニュアンスをやや裏切っているようにも感じられます。どうにもならない運命を受容して、ご機嫌に生きようという自律的な趣旨が、あなたは好かれてますよ、だいじょうぶ、というただの漠然とした、他依存的な安心感を与えるものになっている。

『ツァラトゥストラかく語りき』の哲学者フリードリッヒ・ニーチェの著作も、死後に妻が勝手に原稿に手を入れているので、ほんらいのニーチェ本人の言葉ではないという指摘もあります。もし、それが事実なのだとしたら、作家のネームバリューを借りて周囲の人間がかってにゴーストライターになってしまえるという事態もないではありません。自分の親族が残した遺作の相続人は、法的にはたしかに所有権はあるでしょうが、それの公開や改変については慎重さが求められる。

ご本人がいずれ出す予定の遺文もあったのやもしれませんが、作家には、棺桶に詰め込んであの世にまで持っていきたい、未完成の言葉がある。それをわざわざ公開することには異議があるのではないか。いくら人気作家だからといって、読者のすべてが有名著作者の醜聞めいたことまで興味があるとは限りませんし。難しい問題ですね。


読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。

 
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