陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「誰そ彼の枢(くるるぎ)」(三)

2009-05-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

姫子は、すっかり疲れきって、気持ちのよい寝顔で寝入っていた。
一日という感覚が月で暮らしていると鈍ってくるので正確にはいえまいが、千歌音の体内時計が覚えている感じでは、一時間ほど前まで、ふたりは精力を消耗するほどの大仕事をやってのけたのだった。

それは、オロチ封印強化の儀式。
月面で、オロチの復活を阻止する祝詞を奏上する。詞章はアメノムラクモ復活の儀式とはことなるものだったが、彼女たちの口から自然とついて出てきた。地球で復活の儀式を執り行なったときよりも、姫子の詠唱ははるかに上手くなっていた。

その祝詞によって、オロチ神を砕いた剣神・天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)が鞘まで――すなわち月の表面に――深く沈んでいく。
地球でオロチを破り、巫女が月の社に封印された直後、アメノムラクモはロボットの形態から剣に戻ったばかりで、月にかるく刺さっている程度だったのだ。しかも折り悪く斜めに突き刺さったままであったので、まっすぐ埋まるように修正しなければならない。さもないと、月に亀裂がはいって破壊され、オロチの封印場所をうしなってしまうだろう。

ひとりの巫女の魂が供物として必要なのは、アメノムラクモの刀身がうっかり月から外れてしまわぬように、杭の役割を果たすためだ。
それは、ほんらい藁人形を釘で樹木に打ちつけるように、オロチの闇を巫女の身体に吸収させて、それを月表面へと転化せしめ、剣を打ちつけるというものだ。神無月の巫女の最後の儀式――紅い月を背にした巫女が刃をうけいれるのは、このオロチ封印固めの儀のはじまりにすぎない。刃先をくいこませる者への揺るぎなき愛と固い信頼がなければ、何十年、何百年とつづくこの苦行に耐えぬくことはできまい。

しかし、いま、月にふたりしてたどり着いたからには、あの悲しい最後をくりかえすわけにもいかず。
地球上においてそうであったように、神機の降臨をもたらす儀式同様、ふたりの祈りと唱和で動かそうとする試みなのであった。

アメノムラクモの残滓のまわりに、五本の短刀を突き立て、頑丈な縄で繋ぐ。
できあがった五角形のさらに外側に五本の大刀を配する。外側の五点は、内側の五角形の各辺の左右を延長して交わったところに位置する。要するに上から見れば、それは五芒星を模しているのであった。その五点に接する外円のように、周囲を巡りながらひたすら祝詞を唱える。万物を構成する五つの元素から成り立つこの世で最強の武神体を封じ込めるのは、日月の巫女ふたりがかりで行えば造作もない――…はずだった。

だが封印の儀式初日に想定外の事態が起こった。
地鳴りが響いたかと思うと、巨大な刀身が地面からぬるりと引きずり出され、横倒しになりかけながら、姫子の方へ傾いてきたのだ。千歌音が持ち場を離れて駆けつけたときは、御幣をしっかりと握りしめたまま、膝をつき、首うなだれて気絶している姫子のその上に、巨大な影が襲いかからんばかりだった。千歌音が片手でうけとめるようにしたら、その掌の先わずか数センチの余白を残し、剣神は動きを止めた。いま思い出しても、肝が冷える瞬間であった。あと数秒遅れていたら…――。

姫子はそれからまる一日眠りこんだままだった。
二日後に、ふたたび、ふたりの持ち場を変えて、儀式を行ったがびくともしなかった。しかも、すこしずつ傾きがおおきくなっているようにさえ見えた。もちろん、姫子のほうへ倒れていくのである。

彼女たちの魂が、この社でいつまで維持できるのかはわからない。
次に封印が解かれてしまうのは、おそらくまだまだ先だろうが、巫女が社にとどまる限りは、地球にオロチをのさばらせてはならない。そして、完全にアメノムラクモの剣を月に打ち込んでおかねばならぬ。それが、巫女とさだめた生まれの、いまの彼女たちにできることだ。

しかし、数十メートルもある神の剣が、地に食い込むのは毎日くりかえしても、せいぜい数センチていど。声が涸れるほどに、祝詞をとなえる。動け、と祈る。作業はなかなか、はかどらない。それでも、千歌音に焦りはまだなかった。相方を信頼していたからだ。なぜか、千歌音が近づくと、神機の傾斜は反り返るかのごとくに、持ち直してしまう。

──でも、だいじょうぶ。姫子とふたりでなら、うまくやり遂げられる。

そうだ。私はもう、かつてアメノムラクモの復活を拒んでいた、臆病な姫宮千歌音ではないのだから。姫子はつねに私の側にいてくれて、力を貸してくれるのだから。姫子はすごい。オロチ七の首である大神ソウマを同乗させてさえ、この白銀の神機を動かせしめたのだから。たったの独りでこれを地球に呼び寄せてしまえた。そんな姫子といっしょなのだから大丈夫。絶対にやり遂げられる──はず。

千歌音はそう信じてやまなかった。
できないのならば、自分自身になにがしかの責任がある。そう思うのが生真面目屋の姫宮千歌音なのだ。



【神無月の巫女二次創作小説「花ざかりの社」シリーズ(目次)】




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