陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の眇(すがめ)」(三十二)

2009-09-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空

──神の威を借りる巫女が、神に意思を投げつけ、あまつさえ説き伏せるとは…面白い。だが、おぬしは己が果たすさだめを忘れてはおるまい。

「巫女が果たすべき務めについてなら、存じております」

──おぬしたちの地の国で数えるところの一千年前、月の巫女となるべき高貴な娘は神に誓った儀式を忘れ、資格を失った。それ以来、穢れたこの地は多くの贄(いけにえ)を捧げねばならなかった。数十年前にも、資格となるべき姫宮の双子が生まれるはずだったのに、術者によって挿げ替えられてしまったのだ。餓えた神に捧げるために命がいくつあっても足りぬ。その負の連鎖を断つために、おぬしたち巫女を降臨させたのだ。おぬしたち、清らかな巫女がひとつになるとき、悪しき禍(まが)も追い払われよう。覚悟はできておるな?

千歌音は面を上げて、胸にしまった勾玉をぐっと握りしめた。
姫子の魂はここにある。姫子とともに、いま、ここに誓おう。まるで遠いいにしえにもその詔を立てたかのように、千歌音は神の前で堂々と憶することもなく宣言して見せたのだった。

「どんな悪しき神さまにだって、運命にだって負けたりはしません。姫子は私を探し出し、私は姫子とまた出逢えました。私と姫子とは二人でひとつ、二人の心は繋がっているのですから!」

千歌音の声は、その静まり返った暗闇に水面のように響き渡った。
自分の声のあまりに凛とした溌溂さに、かえってそれを発した千歌音が驚いたくらいであった。奮えが止まらなかった。今まで病弱にして意志薄弱なこの私が、こんなに決然とできるのだと言い切ったことがあっただろうか。自分の誓いにやがて押しつぶされることがないだろうか。

押しかぶさるような女神の声は一転、物柔らか口調を帯びたのであった。

──そなたの声は美しい…。その声に免じて、教えてしんぜよう。陽の巫女にも、我はおなじく問うた。我がいかに見えるのか、とな。あやつはこう答えたぞ──「わたしを夜の底からひきあげてくれた、あの月にも等しい人です」とな。それが、そなたの知りたかった答えなのか? 揃いで神の双眸に等しいというそなたらは、同じものを見ているのだろうな。

「そのとおりです」

その神の証言は何を意味するのだろう。
姫子が語っているのは、古井戸でひそかに隠し育ててくれた大巫女さまなのか、それとも…。幾千幾万と潜んでいる夜空の星に同じものを探さないふたりは、多くの時間を過ごしながら大切な記憶を共にしない連れ合いと同様、真実、こころが繋がっていると言えるのだろうか。いま決意のために熱くふくらんだ胸に、氷刃による擦過傷がすらりと走ったような心地がした。動揺を悟られてはいけない。不和を厭うこの神を逃してはいけない。千歌音は、わざと嬉しそうに笑んでみせた。唇の端をたわんだ笊(ざる)のようにして笑うと、うつろな気持ちの灰汁(あく)が素直な水のように落ちていく。

──石の心臓をもちながらその身体がうつろいやすい陽の巫女。羽のように脆い心を抱えながら、冷静にものを考える月の巫女。おぬしたちは二人で最高の組み合わせだ。大いなる鏡の光の下で、剣がやがて舞い降りる。ふたりであのおろち衆どもをどう始末つけるか、楽しみにしておるぞ。叢雲ひとつなき、闇の存在しないところで、我はまた、そなたらにまみえるであろう。この我をそなたらの望むかたちに変えて見せるがよい。

その言葉をしおにして、白い女神像は消滅した。
いまひとたびの大きな雷鳴が轟いたかと思うと、からだのどこかにぴりりとした痛みが走ったのだが、千歌音は意に介さなかった。

千歌音の目には涙があふれていた。痛いからではなかった。
先ほどのあれは、たしかに亡きおばあ様の声だった。大巫女様は呪われたおろちの邪神になられたのではなかった。やはり麗しき月の女神さまへと生まれ変わられたのだ。そして、これからも私たちを見守って下さることだろう。たとえ、この行く末にどんなに困難が待ち受けていようとも。理屈では違うのだ、とうてい現実に割りあわないとわかっていても、感情ではそう納得させておきたいことがある。おおくの物語が辻褄合わせを蹴飛ばしながら生まれるように。

千歌音はまとっていた千早で赤児をくるむと、踵を返した。
もうここには用はない。私は、姫宮千歌音は、ここには堕ちないのだ。この村を照らす月のごとき巫女として、姫子とともに立ち上がるのだ。そして、亡き月の大巫女様が果たせなかった務め──この村の悪しき魂の浄化もやり遂げよう。あの邸で、あのお山で、あの海で、この村から巨神(おほちがみ)によって無残に失われていったものすべて、取り戻してやる!──決然とした面持ちで彼女の進む先には、まごうことなき光りが溢れていた。



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