陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の眇(すがめ)」(二〇)

2009-09-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空

脱いだ片肌を直した姫子は、あらたまった口調で千歌音に語りかけた。

「千歌音、あなたがあの暗闇の獄のなかで、感じたことはすべて正しいの。あなたはそれによく耐えたわ。ふつうのひとだったら、ものの十数分で気を失うどころか、息絶えてしまうもの。あなたが、それだけ強かったということなの」
「私が強い…? そんなはず、ない…」

千歌音はかぶりを振った。
とんでもない。強靭だからと、またしても、あんな暗がりの獄に戻されてはたまらない。
その心映えを見抜いてしまったのだろうか、姫子がふっと微笑んだ。

「千歌音は気づいていないだけなの。強さは脆さと共にあるの。風を受ける木がしなやかであるように、時に退いたり、反れたりしてみるのもいいことなのよ。そうでないと、自分を守ることはできないのだから」

そしてね、と姫子は大木に手を添えてみせた。
姫子がとん、と押すと、その大樹がぐらりと揺れた。木漏れ日のまだら目がさらさらと動いて、あちこちに翠の影が跳ね返っている。あんなに根の深く張った木が、女の子の腕一本程度でぐらつくなんてにわかに信じがたい。でも、それは目の前で起こっていることなのだ。

「強さは畏れと共にあるの。あなたが大きくて怖いと思っているものは、みんな、最初はちいさなちいさな憎悪の欠片でしかなかった。でも、それでひとを恐怖に陥らせることを知った者が、それを集めて積み上げてしまった。あれは土人形みたいなものよ。だからわたしたちの剣でも斬ることはできる」
「私が怖がりだから、相手が強く、大きく見える…そういうことなのね?」

姫子は千歌音と向かい合って、両の手を握りしめた。

「あなたは独りではない。あなたは弱虫なんかじゃない。あなたの厳しさが、孤独が、あなたを苦しめているの。もっと自分を好きにならなくちゃ」

姫子がわざと自分を暗闇に置き去りにしたのだと思いこんでいた。
だが、それはなんと愚かな思い違いだったことだろう。姫子は自分の身を危ぶんでまで、魂逸りの術を使い、身近な生きものへとかたちを変えて、怯える自分を見守っていたのだ。この世の闇を照らす太陽のように。姫子は私を独りぼっちになんかしなかった。姫子は私を独りぼっちになんかしなかったのだ。この人は、この人だけは、私を独りにして、どこかに旅立ったりはしない。

それまでの憑き物のような煩悶が剥がれ落ちたかのように、千歌音の心中は晴れ渡っていた。
自分はあの暗室を出てからも、ひとりでに井戸の底に落ちこんでいるような状況をつくりだしてしまったのだろう。


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