陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

絶望から這い上がった名女優の映画「ローマの休日」

2019-08-11 | 映画──社会派・青春・恋愛

たとえが古くて恐縮ですが、スクリーンを飾る名女優と聞いて思い浮かべるのは、西はオードリー・ヘプバーン。東は原節子といったところでしょうか。気品のある美しさはいまだなお、多くの人を惹きつけてやまないものです。

オードリーはバレエの踊り子から女優に見出されたスターですが、けっして華々しい人生のスタートを切ったわけではありませんでした。
父親は過激なナチズム信奉者で家庭を顧みない。ユダヤ人ではないものの、親族が強制収容所送りの危機に遭ったため大戦中は改名しています。極度の貧血や呼吸器障害を患い、戦時中は極度の飢えにも苦しみつつ、家計を支えるため、反ナチスレジスタンスに加担したバレリーナ活動をしています。長身で痩せぎすであったことからプリマドンナの道を諦めた彼女は、やがて演劇の世界に足を踏み入れることになります。

そして、一大出世作となったのが、あの名画「ローマの休日」。
この映画のあらすじについて今さら語るのは野暮な感じがしますけど。
観たのは三度目ですね。うっすらと大筋は覚えているのですが、細部までは記憶していなくて。その忘れた部分を拾うために観たい作品です。名作ってそういうものでしょう。

王女さまがお忍びで街を徘徊、そこで民間人と淡いロマンスを体験するというストーリーは、その後いくらも使い回しされたもの。一日の休暇を得た我がままお姫さま、宮殿にもどるや、王家の風格。一種の貴種流離譚といえそうですね。

この映画の魅力をひと言でいうと難しいのですが、単にラブストーリーではなく、ユーモアがあふれるところ。スケジュール詰めのローマ訪問に癇癪をおこしてしまう王女アンのやんちゃぶり。酔っぱらって(お酒じゃなく鎮痛剤だったようですね)へべれけ状態での、ジョー・ブラッドレーとの出逢い。
そして、ジョーとカメラマンのアーヴィングとの滑稽な掛け合い。

しかし、互いの身分を偽りながらも気持ちを近づけていくところも、無理がない。
有名なトレビの泉のシーンは、ヘプバーン本人だけに知らせずに撮影したようで、その自然な演技が評価を得て、アカデミー最優秀主演女優賞にかがやく。

前半はそうでもないのですが、ヘプバーンの美しさがひきたつのは、なんといっても床屋で髪を切ってからですね。
眉の美しさ、瞳の光りの強さ、そしていちばんに惹き付けられるのが、その口元。
人形のような美しさですね。この様式めいた整ったふるまいは、すべて食事に事欠いた極貧の戦時中のバレエ活動からくるものだとは。

じつは、ヘプバーンというとどうもこの映画の印象がつよくて、後年の出演作をほとんど観たことがないため、私語もなお、この映画出演時のように永遠に二十代であるように感じます。
これは日本のCMで断片的に映像が使われて、露出度が高いためでしょう。

特ダネをものにする野心から近づいたのに、紳士的に接するグレゴリー・ペックのかっこよさも素敵です。

モノクロ映画って、昼と夜との区別がさだかではないけれど、夜の室内シーンは深みが増しますよね。
あの宮殿の天井の高さは、白黒だからこそ引き立つのかもしれないですね。

オードリー・ヘプバーンは、後年女優業から身を引き、ユニセフ親善大使として平和活動に貢献しました。享年63歳。同時代に人気を博したものの、セックスシンボルとしての自我に苦しみ、痛ましい最期を遂げたあの、マリリン・モンローとは対照的な人生でした。現代のアイドルにはない、永遠の妖精の名にふさわしい品格はいまなお色褪せてはいないのです。

(2009年5月5日)


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