陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「紅い月」が昇ったあの場所は何処?

2018-02-03 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空

2018年、平成最後の年もすでに一月が過ぎています。
その一月末日となった先日、日本でひさびさの皆既月食が観察された模様。時刻は午後九時ごろだったようで。このニュース知らなくて、当日当夜はぐっすり寝込み、翌日になってネット上で、ついで新聞紙面で知りえました。

しかも、知った方法が、某SNS上において不定期実施する趣味の作品リサーチです。
月が出てくるファンタジー、ドラマ、映画、小説などなど、ゴマンとありますね。古来、風流を愛する日本人の歌の、文学の、絵の、題材としてもこよなく愛され登場する月。日のもとの国だからこそ、月を語るわけですね。いや、欧米各地だろうが、中国だろうが、月は愛されるはずの天体ですが。

今回の皆既月食は、「スーパー・ブルー・ブラッド・ムーン」と呼ばれたそうです。
月蝕になると月が赤く陰って見えるのはよく知られた現象。これをストロベリームーンと呼ぶのは聞いたことがありますが、なぜ「ブルー」と「ブラッド」という形容が混じるのか。ハフィントンポストの解説によれば

「月が地球に接近した際に見える月は「スーパームーン」。1カ月に2回、満月になる現象は「ブルームーン」。さらに皆既月食で、月の表面が赤っぽく見えることから、現象が「ブラッドムーン」と呼ばれる。NASAによると、今回は3つが同時に起きるので「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」になるということだ。ナショナルジオグラフィックによると、地球上でこの3つが重なるのを観測できるのは35年ぶり。アメリカでは、実に150年ぶりだという。」


要するに、月蝕中の月蝕で、世にも珍しいこのたびの現象。一生で一度見られるぐらいのありがたいお月さまってことですね。他のネット記事によれば260年に一度という希少性だと書かれてもあるので、とにかく、とても特別な月には違いなかったという。つくづく見逃したのが惜しまれます。2009年の皆既日食もイマイチ拝み切れなかったですし。

それにしても、皆さん、ナントカ流星群とかもそうですけど、天体マニアでもないのに、こういった情報ドコカラ? と情弱な私は思うのですが。どうやら星座表アプリなるものがあって(http://www.appbank.net/2018/01/31/iphone-application/1493253.php)、月の見える方角とか、時刻とかばっちり調べられるそうです! いやあ、文明の利器ってすごい! 平安時代の陰陽師とか古代エジプトとか中国の星読博士とかがやっていたような真似をど素人でもできるんですかい! 感激です。 いや、事後に知ってもしょうがないんですけどね…。

さて、今回の記事の本題はそんなスペシャルムーン見逃した残念会ではなくて、ですね。
それにかこつけた、趣味全開のどうでもいい考察のお話です。

月や太陽をモチーフにしたファンタジーは、古代神話も含めて古今東西、枚挙に暇がないわけですが、このブログのことですから、月だの、太陽だの言えば、そうあの作品のことです。あのどマイナーで、視聴者が限られる、もはや絶滅危惧種のような、一部の人間だけがその希少価値を声高に叫んでいるような、あの作品です。そうです。あの際どい作品です。国民の歓心誘う一般ニュースから手堅く入りまして、さても巧妙に漏斗を抜けるように、そろそろ訪問者様の入口を狭くしようとしている、この意図、じんわりと感じていただけましたでしょうか? 

では、ここからマニアックなシンパの方のみ、覚悟決めて読み進めて下さいね。

で、ツイッターで検索しますと、ありがたいこことにですね、今回の怪奇月現象にあやかって、「月のお社をバックにした紅い天体」の画像を掲げて、神無月の巫女のことをかたっていた方もいましたね。それで、ふと思い出したまでのこと。

この物語は、巫女の二人が破壊神であるオロチから世界を救う…というのが基本軸です。実際アニメでは巫女の女の子じゃなくて、がんばって戦ったのは男の子でしょ! というツッコミは置いといて。で、このアニメのあらすじをかいつまんで言いますと、「空に黒い太陽が昇った日にオロチが現れ、一月間討伐をくりかえし、紅い月が昇った日に巫女が世界再生の儀式を行う」わけです。つまり日蝕によってはじまり、月蝕によって終わるお話。すくなくとも、私はそう記憶しています。

来栖川姫子の自覚のない夢の中で、紅い月(?)を背景にした前世の自分が、仮面の巫女に剣で…という場面が挿入されます。ところがです、アニメの第十話あたりで、オロチと化した姫宮千歌音が、姫子を挑発したあげくに、矢を放って真向いの天体を赤く染めるという衝撃的なシーンがあります。二人の巫女がいるのは月のお社のはずですから、千歌音が血染めにしたのは、地球です。アニメでは向こうの星が赤く染まっただけの一瞬でわかりにくいのですが、原作漫画では、オロチ神たちが世界中の名所をあちこち破壊しまくっている絵があります。この原作者は、世界崩壊の描写が大好きなのか、『京四郎と永遠の空』でも、やたらとそのあたりの背景だけ熱心に描かれていますよね。さすが世界の滅亡大好きファンタジー路線の角川イズムです。カレー食べるとき、ルーとご飯を最初に全部かき混ぜて混沌とした状態にうっとりするタイプですよね(どうでもええわ)。

それはともかく、私は不思議に思うわけです。
物語のクライマックスで登場するはずの、月蝕が、紅い月がないじゃないか、と。別に、作中に巫女があの儀式を行うときはかならず紅い月の夜だったとは明記されていません。でも、九話の終盤で、姫子を月の舞台へ誘う招待状を渡した千歌音は、こう宣言したはずです「今夜、紅い月が昇るわ。そのとき私は貴女を(以下略)」。ロボット戦から逃げ回るくらいの、それまでの臆病な姫子だったら、この台詞でびびってしまったはずですが、姫子は姫子なりに過去の記憶の一端でも思い出したのか、その紅い月の夜に二人に何かが起きるはずだと直感したはずです。ですから、やはり、巫女二人の運命の日に、日蝕と月蝕は関わっていることは間違いないわけですよね。

でも、アニメのあのシーンで赤く染まったのは他ならぬ地球です。月ではない。
しかし、事実として、地球にいる真琴や乙羽さんたちなどまで滅ぼされたと悟った姫子のふるった一刀によって、かつての巫女の儀式と同じ結末が繰り返されてしまいます。紅い天体を背景にしたふたりのなかで、やはり来るべき悲劇が起こってしまう。それは千歌音が仕組んだもので、姫子は予期しないものでした。

そのあと、(なぜか邪神ヤマタノオロチとがっぷり組んで熱血戦闘中の大神ソウマくん@アメノムラクモ機をそっちのけにして(笑))、黄金の屏風のような空間のなかで、姫子と千歌音のふたりだけの告白タイムがはじまるわけですが。このときになって、お社や神さびた月面などが書き割り舞台を剥がすかのように、一挙に崩れ落ちていきます。そこには時間も場所も明らかでない、二人の魂だけしか存在しない世界。そして、このふたりはのちにアメノムラクモに二人して残り、ソウマだけが復活したタケノヤミカズチに搭乗してオロチの残骸の後始末をする、という流れになっていきます。

姫子と千歌音の百合告白でめでたしめでたしで片付けられやすい、この最終回の顛末。
というか、あまりの急展開。いまだに構成がよくわかりません。姫子と千歌音のシーンだけ最優先させたくて極力他の部分は省いたのでしょうが、駆け足気味で説明不足。なぜいきなりオロチが滅んだのかも、よくわからない。まあ、そこが見せ場じゃないからといえばそうなのですが、だから、このアニメは古き良き肉弾戦のロボットなのに、あまりロボットバトル物として尊重されない理由でもあるんでしょうね。

先述の疑問に戻れば。
なぜ、紅い月が出なかったのか。千歌音が矢を放って滅亡させた紅い球体は、蒼い地球ではなく、実は千歌音がしかけた幻想だったのではないか、というのが答えになりそうですよね。巫女があの運命の儀式を行うためにかならずしも月蝕が必要でないのかもしれない、サイヤ人の巨大な猿化にイミテーションの月でもいいように。本来は絶対条件なのだけどイレギュラーな封印(地球を紅い月に見立てた)だったので、月の社に封印されたはずの千歌音も、すぐに転生して姫子と巡り会うことが叶った(最終話Cパート)のかもしれません。また、千歌音は地球を滅ぼしたかったというよりも、ふたりを分かつ死の運命の象徴たる紅い月そのものが憎くて、壊したかったのかもしれず、それが映像化してみせたのかも。

いずれにせよ、神無月の巫女アニメ終盤の紅い月があったのかどうか問題、私の中ではいまだにもやもやしています。2009年にあった皆既日食とタイアップして連載スタートしたかのような続編(?)の『絶対少女聖域アムネシアン』も、日蝕は生じるけれど、月蝕は無関係なんですよね。どなたか、この問題、明敏に解説してくださるとうれしいです。

ちなみに日本では、邪馬台国の女王・卑弥呼の死去時に日蝕があったとか、江戸時代に白昼暗闇になって世の末かと大騒ぎなったとか、記録が残っています。しかし、一般庶民が空を見上げる技術が乏しかったその昔、月蝕があまり暮らしに影響を与えることはなかったのかもしれませんね。余談ですが、私の住む地域では、山の高所や海際では月に一度、不気味なくらい月が大きく赤黒く浮かんでいることがあるんです。市街地の電灯が多いところにいくと、いつもの豆粒大の大きさに戻って見えるんですが。あれってなんでなんでしょうね。日本画とか蒔絵とかで以上に目立つように銀箔か金箔の月があしらってある、あの意匠と同じぐらいに、場所によって、異様なまでに存在感を主張する月の大きさ。レンズと同じで、空気の屈折率か何かの影響なのか。車で移動中によく見かけますが、見るたびに、押し迫ってきそうで怖いです。それ以前に、平成も終わりになって、十数年前のアニメ語りをいきなり思いつく自分も怖いです。


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