陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

豆まくひとと、種まくひとと、拾うひと

2009-02-03 | 芸術・文化・科学・歴史


おとついの新日曜美術館の特集は、ミレー。
それで思い出したのが、昨年の記事「豆まくひとと、種まくひと」でした。節分の話題にちなんで、ゴッホの『種蒔く人』の絵はがきをご紹介したもの。去年の記事は「撒く」と「蒔く」を混同して、いきおいで書いてしまったところがありますね(苦笑)
ゴッホもミレーも信心深いことで有名です。ジャン=フランソワ・ミレーはアカデミックな絵画教育をうけた人でしたが、バルビゾン村に移住して農民や風景に惹かれはじめる。古典的な宗教画なんぞもう描かなかったけれど、美化された女神、売れそうな裸体画なんて目もくれずに、貧しい労働者を描きました。ミレーの『種蒔く人』は岩波文庫のマークになっていることでも有名ですけれど、この絵のうったえる勤労家への礼讃は、日本人の魂をうつところ大きいのでしょう。

ミレー作の『種蒔く人』は、山梨県立美術館とボストン美術館に、それぞれ構図はほぼおなじで時期の異なる二作があることが知られています。これと対になる作品といっても、よいのが『落穂拾い』。三人の農婦がふかく腰を屈めて、目を凝らし、大ざっぱに収穫されたあとの片づけをしています。それは次のあたらしい種を埋めるための必要な清掃であり、またなけなしの落ち穂ですら、貴重で看過することのできない食糧になるのでしょう。
雄々しく腕を振って種を蒔いているのが男性で、穂を拾い集めているのが女性たち。種を蒔くよりも拾ったり刈ったりするほうが、たいへん労力をともなう作業のように思われます。私はミレーと聞けば、どちらかというとこちらの『落穂拾い』のほうを思い浮かべますね。自分の祖父母の姿からなのですが、農作業に従事している人といえばこうして深く腰を屈めている人を思い浮かべます。じっさい『種蒔く人』のほうは、動作が極度に誇張されている感じをうけます。生長後の配置などを考えながら蒔くのであれば、こんなに胸を張ってやるような仕事ではないはずです。

この『落穂拾い』は、ミレーが友人の建築家から依頼を受けた農村の四季を描いた連作のひとつとされ、夏に該当します。これとおなじ構図でサロンに出品した画家は、卑しい農婦を描き貧困を誇張している絵など官展にふさわしくない、と批評家から酷評されてしまいます。けれど、落穂拾いの農婦を描いたスケッチがかなり残されており、ミレーにとってはとても思い入れのある画題だったのでしょう。
この落穂を拾う作業は、格差のあった当時の西欧の農村社会の慣例でありました。地主はわざとすべての麦の穂を回収せずに、ふだんの労働では食いつなぐことのできない寡婦や貧農に収穫のおこぼれを与えたというもの。要するに今でいえば、一種のワークシェアリングですね。

ものを乱暴にまき散らすのは子どもでもできますが、煩雑な大地から目ざとく優れたものをすくいだす作業のほうがはるかに難しいのです。同様に自分で蒔いた災難の種を、自分で刈り取ることも難しい。さらに、その困難の種が自分が生まれる以前からの世代のツケだったとしたら…。だだっ広い畑から耕し手が逃げてしまって、ひとりで面倒みなきゃいけない面積が広がっているのに、収穫が減ったので、多くの種を貸しつけて何年か後にはありえない収穫量を要求しているというのが、今の世の中のような気がしますね。
負担が大きくなっても社会保障の充実している国のように返ってくればいいのですが、そうじゃないことがわかっているので、奈良時代の農民みたいに土地を棄てて逃げちゃうような人が多くなりそうな。

労働は人的なものですが、太陽と土と水という自然の恵みなしでは利益の生まれない村社会では、恩恵を還元することが良心として行われてきたのですが。いまや持てる者が持てない者からことごとく巻き上げるというしくみになっているような気がしないでもなく。

…と、ネガティヴなことばかり考えるのは、やはり鬼が棲んでいる証拠。
節分といえば、セブンイレブンがブームの火付け役となった恵方巻を食べると縁起がよいとされていますよね。でも、うちの実家、やたらと巻き寿司が好きでよく買ってくるので特別この日に食べたいとは思わないんです。数日前の日記「おにぎりの本質」にも触れましたが、私は稲荷ずしが好きなので、稲荷ずしの日があったらいいなって思うのですが。



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