陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の眇(すがめ)」(三〇)

2009-09-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空

──子は親を選べないというが、親とても、おのが子を選べないのだ。そうは思わぬか、我が娘、月の巫女よ。我が母神が産み落とし、それがために焼け死んだ元凶というべき火の息子が落ちてできたのが、天火明村。この村はつねに燃えておる。忌み火の溜まり場なのだ。炎を消すのは水ではない、炎が燃やし尽くしたすえに積みあがる灰なのだ。明るませたと思ったら、みずからが生んで変えたものによって滅ぼされる。火の息子は、からだの冷えた母をただ温めたかっただけなのだ。母は皮膚が炭と化していくのを知りながら、それでもいとしい我が子を手放さなかった。おのれが生まれることによって、母を殺す。そして怒り狂った父には殺される。火の息子は、他のきょうだいたちを巻き込んで呪いになった。その怨念を人間どもに演じさせているのだ。

千歌音は袖先で口もとを覆った。
喉の奥に粉っぽいなにかが入り込んで、溜りのようにひっついている。視界の閉ざされた砂の世界に埋もれていくような気がした。生みの母は産後の肥立ちが悪く、千歌音と入れ替わるようにしてこの世から旅立った。飲まれてはいけない。こちらが、飲み込んでしまえばいい。自分の問題として引き受けてはいけない。喉を鳴らして、ここが深闇だということを忘れ、太陽めざして空に伸びたつ木のように背筋を伸ばしてみた。

──すべてはそこからはじまったのだ。女が子を苦しんで産むのも、男が種を残すのに飢餓にさいなまれ、ひとりでに子を為せぬことも。人をして死を恐れる者にしたのも、すべてはただひとつの契りのほつれからだった。「夜の顔を見ないでほしい。美しいままの私を覚えておいて」──我が母神のたっての願いは果たされなかった。ちいさな約束だったのに、それは破られたのだ。父神は、ほんのわずか、おのれを抑えれば、あの日、晴れて元の睦まじきふたりに戻れたというのに…。父神は死の国で愛しあったのち、背中を向けたふりをして、鏡で妻の褥を照らしたのだ。そこにいたのは、もはや母神ではないものだった。たった一時の欲のために、永遠の絆を失ってしまった。苛烈に愛するあまりに、知ってはならぬ真実を覗いてしまった者には、夜が明けても、闇が退いても、尽きぬ絶望しかない。神の苦悩は、すべて、人の世の乱れだ。お前たちの思い描いた無様な神語りは、すべてが過ちではない。神によって弄ばれるひとの運命を、そなたは恨むか?

その物語は、千歌音でも知っている。その夫婦神の名も諳んじて言える。
月の大巫女さまから語り聞かされたあの話。はじめて耳にしたときは、ずいぶんと人間くさい神々だと呆れたものだったが。人類が狂態を演じているのは、神々の懈怠からひきだされたものなのか。なぜ、このお方は気高き神のひと柱にてありながら、わざわざ同類の瑕瑾を晒すのか。この神が語る神の物語は、なんと気の滅入るほど悲しいものであろうか。物語はすべて同じではない。語り手によって本質を変え、聞き手によって変えられるのだ。こんなにも、こんなにも、親のことを悲しく語るこの神は、ひどく寂しいのかもしれないと、千歌音は不謹慎にも思ってしまうのだった。その寂しさの重さを、その神の生きた時間からすれば、小指の長さの蝋燭が燃え尽きるほどのちっぽけな人生でしかない千歌音でさえ、いやというほど知っていた。ある哀しさを先に通ってきたものは、いったい、どのような言葉を投げるべきなのだろうか。いや、正確を期するならば、すでに使い古され、剥がされ、また塞がっては裂けだして血の乾かぬ傷をもつ者どうしは、いかにして、こころを摺り寄せながら、しかし、互いに毒とならないで、傷口に砂をまぶすこともなしにいることができるのだろうか。

──そなたたち巫女どもは、永遠の無の安らぎに身を委ねることもできよう。だが、そなたたちは目を見開いてしまった。神のように善悪を知る者となった。神の愚かさをも見抜くことができる。目が明るすぎるものは、こころを暗くせねば生きていけぬ。生きながらにして、陽(いつはり)になることだ。それでも、なお信じるのか、人の結びつきを? 待てるのか、神の采配を?

かなりの間を置いてから、千歌音は答えた。
月の大御神の問いを、じっくりとこころに沁みこませるまで待つかのように。けっしてねじ伏せず、追い立てず、見放さずにいるといった顔つきで。

「日月は神の左右の目。どちらか欠けましても、この世を正しく眺めることは叶いません。月は太陽があるからこそ輝くのです。ひとも自分にないものを他に求めたいと強く願うからこそ魅かれあうのです。いつ訪れるかわからない至福だからこそ、すこしでも明日へ胸をときめかせられるのです」

──我にはその情がわからぬ。おのれの価値を他者との関係のなかで決められることに、そなたの不服はないのか?

「ひとの交わりで自分の生きてあることの尊さを見出せぬほど孤独であるときに、そんなときにこそ、神がいるのです。ひとは多くの苦悶を抱えるからこそ、その救いの形をさまざまに表現するのです。神を描く手、神を語る口、そして神を望む心。そのお力を与えてくださったのは、ほかならぬ神さまです」



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