陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

どうしたって二次創作者はジャンルイナゴになりやすい

2018-12-30 | 芸術・文化・趣味・歴史

二次創作について月イチでどうでもいい私見を語るシリーズ。
先月は、なにせ十月ですので、なんといっても神無月ですので、それにかまけて掲載していませんでしたね。自虐的な考察なので、別になくてもあってもいい記事なのですが。(そして十一月に出す予定が、あっというまに年末に…(汗))

今回のタイトル。
はい、もう読んだ先からナイフが飛んできそうな話題ですね。前回の記事「二次創作者はジャンルの切れ目が御縁の切れ目になるの?」 と若干似ていますが。

「ジャンルイナゴ」とは、二次創作者たちがつぎつぎに新しい作品に飛び移っていく現象もしくは、それをおこなう当事者たちを指す言葉のようです。虫にたとえられていますから、やはり蔑称でして、ご本人向けには言わないのが嗜みなのでございます。

ところで、私はこのネットスラングを知ったときにふと思ったのでした。
どれくらいの作品数もしくは間隔でジャンル移動を繰り返したら、イナゴ呼ばわりされるのだろうか、と。そもそも、十年以上も二次創作をしている者からしたら、ずっとひとつのものに操(?)を捧げているひとは少ないでしょう。ジャンルにハマるのを俗に「転ぶ」とも言うそうですが、最近では四半期ごとにアニメが濫造されるので、おもしろいとさえ感じたら、半年後には別の作品の二次をつくっていることもありえますね。この作品数や間隔についての定義はないようです。

さらに疑問であるのは。
ジャンルイナゴになってしまう理由です。アニメは一定数新しく生まれてくるので、制作者にとっては、転んでくれる方がいいに越したことはありません。しかし、一方で、すぐに飽きられて捨てられてしまうことにもなる。悩ましいですね。二次創作者はなぜジャンルイナゴになりやすいのでしょうか。ありていにいえば、ジャンル移動することによるメリットが大きいからです。

どれほど過去の話題作であっても、10年もすれば、求心力は衰えてきます。
二次創作を発表しても反響が薄いですし。同人誌を創作しているならば、旬のジャンルを仕入れないと顧客が喰いついてくれません。すでに完結したジャンルだと、二次のネタも出尽くしている感がありますし、真新しい人気作に触れてみることで、今の傾向を知ることができ、創作の幅がひろがります。とくに絵描きのひとは、手当たり次第にいろんなジャンルの絵に挑戦して数をこなすことで、画力が飛躍することがあります。また、ジャンルそのもの展開に飽きたわけではないのだけれども、二次創作界隈のお付き合いに疲れがあるので、別のジャンルに移動するという消極的な姿勢もあります。

いずれにせよ、ジャンルの移動は新しい作品、新しい読者ファンとの出会いでもあります。
作品を多く知れば知るほど紹介しやすく意見交換もできるでしょう。熱論しすぎて殴りあってしまうことありえますが(汗)。

…となれば、ジャンルイナゴも歓迎されるべきなのですが、なぜか眉をひそめる向きもある。
それはネット上のある見識によれば、ジャンルイナゴというのが、彼ら彼女たちのすでに凝り固まったカップル妄想に、むりやりどんな作品をもあてはめていってしまい、公式のストーリーをゆがめてしまうほどの圧力を形成し、その勢いを集団で持続していくからであるようです。要するに、カップルふたりだけに萌えている自分そのものがジャンルで、作品よりもカップルのA×Bが好きという主張で、とにかく、自分の推しキャラさえいれば、公式のストーリーの機微だとか、他の物語に深みを与える要素だとか、脇キャラだとかは無視していいとなりやすいという。

物語を楽しんで読み解いて、そこからなにかを考え深めるのではなくて。
SNS上で語り継がれた見識(例えば、あるキャラがクレイジーサイコレズであるとか)に、すなわち顔の見えない巨大な大衆の総意に、自分をコネクトすることで、自分の立ち位置を認めてもらうという振舞いなのです。

確かにこの姿勢であると、友だちの好きなアレを好きになろうという同一化現象が波紋のように生じやすく、自分の好きなカップルやキャラのいる作品であればなんでもいいとなるので、ジャンルをあまり深めずに移動しやすくなります。自分が好きなカップルの出てくるシチュエーションをパロディしたような作品があると飛びついて叫びだすので、制作者がわも安易にそれを模倣したような演出をしやすくなってしまう。

そもそも、アニメという表現物が、映画や小説とはまた違い、若い人同士のコミュニケーションに利用されやすいことを考えれば、つくる方も色気を出して騒がれやすいものを量産しがちではあります。

旬の作品に触れることで創作の幅をひろげ、ファンのつながりを多くすることはできる反面、「わたしたち」の好きなカップルという定型化によって作品の味わい方を固定してしまう恐れがないわけではない。

ところで、このジャンルイナゴ現象が面白いのは。
ある作品を楽しむにあたって、ルートが違えば、意見も感じ取り方もずいぶん違うのだということです。たとえば、ある傾向の先駆的作品から入った人と、その二番三番煎じされつつもかなり表現のクオリティが上がった作品がファーストインパクトであったひととでは、受け方が異なっていたりもする。そして、年をとってくると、アニメもしくはそのイベント関連を楽しむ余裕がなくなってもきますので、うかつにジャンル移動できなくなります。だから、ジャンルイナゴになるというのは、ある意味、フットワークの軽さの裏返しでもありますよね。

しかし、哀しいかな、ジャンルイナゴに置いての真実めいているのは。
同じ原作者の次作を忠実に追いかける人はあまりに少なく、それがわかりきっているからこそ、人気作は無駄に引き延ばされもし、二次創作の肥大化とは裏腹にして、原作者がわが疲弊していくのではないかという懸念であります。それは、手塩にかけて育てた我が息子、我が娘が、よその家に婿入り、嫁入りしたときの親の気分なのかもしれませんよね。


【二次創作者、この厄介なディレッタント(まとめ)】
趣味で二次創作をしている人間が書いた、よしなしごとの目次頁です。
二次創作には旨みもあれば、毒もあるのですね…。




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