「人の世の過ちを正すために、持てる力の総てを発揮する。それこそが聖王教会騎士団に属する者のさだめ。神から与えられた能力をつかわずにしてのうのうと生きているなんて、神への冒涜に近しいことです」
鉄製の薔薇格子の向こうから、口角泡を飛ばさんばかりにして、激しい剣幕で罵られる。
ヴェロッサが懺悔人として不謹慎極まりないのとすれば、シャッハとても修道女としてはいささか血気に逸りすぎている。古馴染みの仲だからして、彼女のこんな罵倒には慣れっこだった。ふたりを阻む者さえなければ、きっと首元を掴まれ、殴り掛からんばかりのいきおい。
だが、それができないのがこの神聖な禊の場。ヴェロッサがそれをいいことに、涼しい瞳で聞き流しているのが、なおさらシャッハには腹立たしい限りなのであった。
「ロッサ! 聞いてるのですか?!」
興奮すると、幼いときの呼び名が口をつく。ヴェロッサの唇が、かすかに笑んだ。その口元は、嬉しさに緩んだようにも、淋しさに歪んだようにも見えた。
「シャッハ。君にはわからないだろうけどね」
ヴェロッサは、所在なく自分の右手を開いたり閉じたりしていた。
「わからない? 分からず屋なのは、ロッサ、あなたです。同志が戦いに挑まんとしているときに、貴方ときたら、まあのんびりだらりと構えていらして。もう、私は貴方のことを見損ないました」
「そうかい…それで構わないよ。君が言うなら…」
ヴェロッサは左の中指から白銀のリングを抜くと、黒檀の鈍い光沢のある机上にそっと置いた。シャッハの心に、ふといやな予感が兆してきた。
指環は教会騎士団に忠誠を誓う者の証として送られたものだった。椅子から立ち上がりかけたヴェロッサを、上目遣いにシャッハが見つめていた。
「ロッサ、あなたはまさか…?」
ヴェロッサはその食い下がるような目線から背をそむけていた。
「管理局を辞して、どこか辺境世界に引きこもろうかと思ってね。幸いにも、大枚はたいて購入していた土地がある。翠ゆたかで、空気がおいしくて、そんなに人づきあいもうるさくない。そんないい場所が見つかったんだ。僕の理想郷さ。一戸建てでも建てて、芝生の庭に愛犬たちを思いっきり遊ばしてやりたいよ。密輸物質や麻薬、人の犯罪のにおい。そんなきな臭いものばかり嗅がせていては、彼らもかわいそうだからね」
右手をポケットに突っ込んだまま、ではさよならだ、と背中越しに左手を挙げたヴェロッサ。
ドアノブは振り向いて、手を伸ばせばすぐ届く位置にある。への字状のノブに手を触れようとしたヴェロッサを、シャッハの悲痛な叫びが止めた。
「待ってください、ロッサ! 行ってはいけません」
「学園に行けと言われたり、行くなと言われたり。ずいぶん、忙しいな。いったい僕にどうしてほしいのかい?」
「とにかく、話を聞いてください。あなたがいつも気まぐれで、管理局本局査察部の会議もすっぽかして、あまり仕事に身が入らないことは聞き及んでいます」
「それは、それは。ずいぶんと、覚えがめでたいんだな。僕は」
シャッハの声に引き止められたヴェロッサは、背中を向けたまま机の上に腰かけていた。
幼なじみの言葉に立ち去りがたく、彼の心は揺らいでいた。
「ロッサはそうやっていつも、上層部に恨みを買うようなことをしでかすんです。姉君のカリムがどれだけ執りなしに苦労なされたことか」
「だからさ。もう今日限りで、姉上のそのご苦労もなくなる。めでたしめでたし、だろう?」