陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の点(くろぼし)」(二十四)

2009-09-29 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空

それから、数日間。
一日の静養のつもりが、二日、三日となり、大神神社に戻る機会を逸していた。千歌音はとうとう離れの座敷に引きこもり、塞ぎがちになっていた。古い洞窟内での闇の深さと静けさには慣れ、床を走る鼠やらの小動物の気配や、背筋を凍らせるほどの冷えきった空気などにも動じなくなっていた。しかし、「巫女を殺せ」というあの怨念がましい声には押しつぶされそうになる。亡くなった親しい者たちの声が響き取り憑こうとする恐怖に、千歌音は耐えられなくなり、姫子の決断によって、とうとう修行は一時中断されることになった。それが申し渡されたのは、大神老人の使いが携えた書状一通のみ。千歌音にとっては、刃先に突き刺された三行半(みくだりはん)を胸もとへ放り込まれたも同然だった。

乙羽はあれから訪れなくなった。姫子すら顔を見せない。
結局、数日前の毒殺未遂のことを姫子に検分してもらうこともなかった。姫子が千歌音に逢おうとしない理由が、千歌音には嫌というほどよくわかる。

昼も夜も区別がなくなってしまうような日々。寝ても覚めても、室内は薄暗いまま。頭の奥まで鈍い痛みがさしこみ、一日じゅう、ぼうっとしていることも多くなった。千歌音はおかしな夢を見てしまった──……。

黒髪の少女と陽の髪の少女は巫女装束をまとい、お互いに紅い仮面をつけて、剣の舞いを演じている。
巫女が神楽を舞うのは、そう珍しいことではない。ふしぎと見映え良く、演じていた。ふたりの呼吸はぴったりで、真剣の刃先がかち合うたびに、光りが飛び取っていく。くるくると回りつづけ、離れては、とん、と足を踏み鳴らし、手を叩きあう。遠ざかっては呼吸を合わせたように、動きをぴたりと止める。ふたりは鏡に映されたかのように、対極上に動きながら、踊りつづけている。足首と手首には鈴のついた輪を嵌めており、動くたびに、しゃらん、さらん、と涼し気な音を立てていた。

あたりは明るかったはずだった。
舞いが進むにつれて、空には密度の濃い暗みが広がりはじめた。照りつける太陽はそこにはなく、かわって、影のように黒ずんだ球体がそこに浮かんでいた。黒い星のまわりには縁どられたように真っ赤な焔の舌がめらつきながら、まとわりついていた。火車のように廻る太陽。不気味な空模様であったはずなのに、ふたりの巫女は意に介することなく、美しき舞いは途切れることがなかった。

舞いは佳境に入った。
そのとき、相手が薙ぎ払った剣の先が千歌音の肩をかすめた。そう、紛れもなく、斬られたのは自分だった。袖と肩とのつなぎ目が外れ、血が滲みだしている。名も知らぬ黒髪の巫女は、自分だった。痛みが鮮やかに伴ってから、はっきりと、己がそこに居たのだと認識した。装束の切れ目から血が滲み出し、千歌音は傷口をおさえて片膝をついた。なぜ、と思う暇もなく、もうひとりの仮面の巫女は腰を低めつつ刃先をまっすぐに突き立てて、突進してきた。急いで立ち上がり、少しだけ上背のまさる千歌音は、それを防ごうと上段に構えて振りおろした。練り上げた麺の生地を押し伸ばしていくように暗雲がひろがって、視界が陰り、先がうまく見えない。

闇のなかで閃光が弧を描いて走った。その刃先は相手の頭に当たったはずだった。
だが、それよりも数瞬ばかり相手の斬撃が早かった。刃先はためらいもなく、自分の胸のど真ん中を貫いている。ぐふ、と口もとから血が吹きこぼれた。

千歌音は胸を抉られるように刃を埋め込まれながら、相手の胸元へ引き寄せられていった。
日蝕が晴れていくにつれ、胸をだくだくと流れて染まる赤が鮮やかに目に移った。返り血を浴びた相手の袖先にも朱の線が走り、継ぎ布を当てたように見えた。千歌音は震える腕をのばして、仮面の相手にすがりついた。紅い仮面が二つに割れて、そこから現れた顔は──…。



──千歌音はそこで目が覚めた。
あまりの恐怖に、肩を縮こまらせ、自分で自分を抱きしめていた。

──なぜ、なぜ?! 姫子が私を?! 

あれはたしかに姫子だった。私たちは巫女の姿をして踊り、舞いつづけ、そしてついには殺し合いをした。どういうことなのだろう。巫女になるとは、剣を得るとは、私たちがいずれ、あのような結末を迎えるということなのだろうか?




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