陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の眇(すがめ)」(三十五)

2009-09-30 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空

「千歌音もお疲れ様。今回で巫女の資格合格ね」
「合格って、…姫子は?」
「わたしはもう、とっくに巫女だったの。だって、ほら」

といって見せてくれたのは、二振りの剣だった。
千歌音が帯刀していた藤色と、紅との二色で一対になっている。それはどこにでもあるような剣で、どこかおもちゃめいた茶地さがあった。ふたたび手にとってみたが、あきらかに軽い。抜いてみたら、なんとそれは竹刀(たけみつ)だったのだ。

「姫子、私をたばかったの? 剣がこんな柔(やわ)なものだったなんて…!」

思わず素っ頓狂に叫びそうになって、千歌音は声を潜めた。寝た子を起こしてはならないと思ったのだ。声にできないだけに、感情はふるえあがった。恐ろしさのあまり、我が身を抱きしめてしまいそうになった。
そんなもので、あの巨悪の邪神に立ち向かい、暗黒の祠の魔の声に挑んだというのか。これでは、凍りついた死がどこかしこに落ちている冬山に、裸足と単(ひとえ)もので登るような迂闊さではないか。しかし、おかしい。あの洞窟に入る前に鞘を抜いたときは、たしかに鋼の刀身であったはずだ。どこですり替わったのだろうか。砂地から縫い針を拾い出すがごとく、千歌音が抜き身に抜け目なくまなざしを寄せていると、

「いいえ、その剣の重さも強さも全く変わってなどいない。変わったのは、あなた自身」
「どういうことなの?」
「前にも言ったでしょ。 剣はわたしたちのなかにあるって。あなたにももうあるわ。だって、あなたはあの暗闇を畏れなかった。多くの魂を救った。それだけで、あなたはうんと強くなった。あなたはやっぱり月の巫女だわ。この村の、この国の、この陽(いつはり)の世界の多くを救うことになる。そして、剣の神のなかに入ることができる。幸せなひとは、みんな、自分のなかに神をもっている」

ね、そうでしょ。姫子が片目をつぶって微笑んだので、千歌音も笑うしかなかった。
信じてと真剣な瞳で言ったのに、やっぱり嘘をついていたなんて。またまた、人をうまく担いで。悔しくないと言えば嘘になるけれど、千歌音にはそれ以上に得たものがあったのだ。「剣はわたしたちのなかにある、わたしたちは剣になかにいる」という謎問答のような言葉の意味がやっと掴めたのだった。剣は巫女で、神は鞘のようなもの。剣の神を動かすには、巫女たる者の魂が強く、気高く、そして愛に満ちていなければならないのだ。鋭い切っ先を向けた相手が、巡り巡っていつか自分の隣で笑っていてくれると願うだけなら、ずいぶん虫が良すぎるではないか。

「姫子の言っていたこと、やっと、わかったわ。巫女は魔物や巨神(おほちがみ)と戦って、斬り捨てていくのではない。力技で説き伏せ、押しつぶして祓っても、いずれその怨恨の残滓がまた浮き上がってくるから。巫女とは、悩めるひとと対話して、そのこころを救済していくのが役目なのね。敵を友だちにしていけば、敵を滅ぼしたことになる…そうなのね?」

そういうこと。と言わんばかりに、姫子は千歌音の首に腕を回して引き寄せた。千歌音はまるで投げ縄をかけられたかのように、姫子にされるがままになっている。

「千歌音。あなたは、いま、とてもいい顔をしている」

目は、魂の強さを示してくれる。
世界でいちばんに愛しているものを目にして、顔が輝かないものがあるだろうか。月が輝くのは、瞳に太陽が映じているからに他ならない。

千歌音が首を下げたところを狙って、唇に柔らかいものが押し当てられた。あの陶酔した夢ではない、これは現実の甘みだった。唇が離れるか、離れまいかのところで、また見つめ合って、そして微笑んだ。

そうか、姫子よりも背が高くなるって、こういう利点もあるのか、と千歌音はこの日、ひとつ学んだのだった。眠っていたはずの赤児が、彼女たちの背後で、おぎゃあ、とぐずりはじめた。その夜になってやっと、千歌音は自分の鎖骨のあたりにあった恥ずかしい紅い痣ができた理由を知ったのだった。ふたりだけのとき、からだのすべてに許した姫子の口づけは甘くて、熱かった。千歌音の背中に輝く夜の月は、水に乱れてたゆたうように、おおきく揺れていた。……



【十四の章に続く】


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