陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

偏愛の過ぎる読書家がやりがちな名作ハラスメント

2018-10-20 | 教育・学術・読書・子ども

すこし前のことだったと記憶するのですが。
ツイッター上で興味深いトピックがトレンドにあがっていました。職場の先輩にゴリ押しされた、あの名作バトル漫画『ドラゴンボール』を読了した若者が、批判的な作品分析を会社のブログで展開。これが炎上案件となってしまい、名のある漫画家さんたちがツイッター上で火の玉槍玉を投げまくったというものです。

その批判の主だったものを要約すると、

・コンテンツ産業に身を置く者が、いまだに世界中で巨利をあげる有名作をこきおろすなんてありえない。
・最初から粗探しするつもりで読んでいたのでは、あの作品の面白さはわかるはずがない。
・会社のサイトで人気作をこきおろす記事を載せるのは問題がある。
・「ドラゴンボール」はいまだに新作アニメや劇場版も制作されるので、過去のコンテンツではない。

等の意見。これが高じて、ドラゴンボールが漫画界に与えた影響を熱く語り合う議論なども展開されたらしいです。

このアシスタントエディターを名乗る若者が書いた当該記事を、私も読みましたが、批判の論点がややズレている部分もありつつも(たとえば、孫悟空の出自を貴種流離譚だとの指摘など)、すさまじく毒舌ぶっているわけでもないように感じました。でも、この作品を最高だと仰ぐひとや、これをお手本にして漫画家になった方からすれば、この若造が! と殴りたくもなるのでしょうね。

好きでもない作品を無理強いされる、その作品の良さがわからないとの業界で生きていけないぞ、とかお前はおかしい、とか人格否定される。発言者との関係性や言われた方が強いられた負担にもよるでしょうが、精神的苦痛の度合いが大きければ、それを、いささかおどけた拍子での「名作ハラスメント」と呼んでもいいのかもしれないですね。仕事で必要な資料だとか、レポートとかならまあわかりますが、上司や同僚があくまで個人の趣味で特定の本を強制するのはいかがなものか。押し付けられたほうは、プライベートの時間を削って仕事の延長で義務としてたしなむわけですから、楽しいはずがないでしょう。私も昔、勤め先の芸大出身の上司に『銀英伝』などを熱く語られましたけれど、読めと強制されはしなかったですね。

私が学生時代、美学担当の教官に「カントを読め。しかも、原文を読まなきゃ駄目だ」と執拗に言われたことがあります。専門性を極めるには基礎力が必要で、そのための基本テキストがありますね。「デカルト、カント、ショーペンハウアー」は哲学の三大必読書と言われたものです。私はカントの『判断力批判』岩波文庫版を購入しましたが、30頁ほど読んだだけで無理でした。デカルトやニーチェは好きでしたが、カントは何を言っているのかわからない。この教官は東大出身で語学力が高い人でしたが、なにせ自分の知っている哲学者しか認めないので(たいがいの専門特化した研究者はそうなるのですが)、この先生のブランド力に惹かれて研究室入りした学生さんは、卒論でも必要な指導をしてくれないと泣きごとをこぼしていたのを思い出します。この教官にそそのかされてうっかり博士課程まで進んだひとは、いま、非常勤講師などで糊口をすすいでいます。古典にじっくりと向き合ってとりくむ時間も貴重ですが、誰もがそのようなことができるわけではありません。若い皆さんでしたら、他に学ぶべきことや体験しておくこともたくさんあるはずです。

名作は時のいたずら、同時代精神によって生み出されていくものです。
「ドラゴンボール」は「美少女戦士セーラームーン」とともに、私の子ども時代の愛読書で、友だちとの縁をつなぐ話題でした。でも、幼い頃のヒーローのお話が、長じて見れば面白いかと言われたら、それは難しいものです。たとえば、いまのアニメも漫画もなんとなく、すでにあるもの、20年か30年か前に流行ったもののリメイクが多い。古典に還るのはいいけれど、むしろ、クリエイター業界が過去の作品賛美をするあまり、過去の名作のただの解説者になってしまっていて、もう新しい価値観を打ち出す、社会のタブーに敢然とたちむかっていくような作品を生むことができないとも言えますね。そもそも、少子化ですから、単純にお子様がわくわくできるような夢のあるアニメがつくられにくくなっています。

長く生きている人はそれだけ多くの作品に触れているから、あるひとつの物語に対して、考え深く掘りこんでいけるのはあたりまえです。若い世代が生まれる前にあった名作を古くさく感じ、敬遠したくなるのも、自分と同時代のもののほうに親しみを覚えるのも当然です。その時代の息吹を最大公約数とした表現物がウケてしまうからです。学生時分の私だって、カントよりも、ドゥルーズのほうが読みやすかったですし。上記の批判を浴びた書き手は、「ハリーポッター」を引き合いに出しているあたり、あまり流血で殴りあうような少年漫画を読まない環境で育った可能性もありますね。私も自分の同時代の漫画をほとんど読まないで、あとからオトナ買いしてその良さを知ったこともあるくらいなので、自分の身近なひとがそれに萌えているからといって、それに染まらない自分はおかしいと悩むこともないでしょう。むしろ、これくらい、常識だとされている良作に切り込んでいくような勇気がすこしはあったほうがいいのではないでしょうか。もちろん、なんでもかんでも言いがかりつけるのではなくて、10年20年愛された名作が生き残っている意義も考えた方がいいけれど。

感動というものは、宗教の布教と同じで、メディアによって、クチコミによって形成されてしまうものです。日本は行列の並ぶ店が大好きなのですから。
読書人口が多い本が、かならずしも、あなたの大切な本になるとは限らない。権力や立場、あるいは知識の差を悪用して、読書や観賞を強いる名作ハラスメントは、むしろ作品嫌いを増やすかもしれない。とくに、いま現代は、日本に外国人も多く住み、性や価値観なども多種多様な社会になりつつあります。教科書に載っているような古典でさえも、将来的には不謹慎だと言われかねない事態が起こるかもしれませんね。

それと、自分が気の進まない作品をゴリ押しされたら。
なぜ、その作品が好きなのですか、と問い返して、その良さを相手に思う存分に語らせてしまうことです。安請け合いして、読みます、などと口にしてはいけない。相手が「その作品を好きな気持ち」を満足させてあげればいいだけで、その作品の汚点もしくは、相手よりも優れた観察眼を発揮して、面と向かって反論するのは逆効果になりますね。自分の好きなものを相手が好きイコール相手が自分を愛してくれている、認めてくれる、ではありませんし。同様に、自分のお気に入り作を嫌いなひとは、自分がコテンパンに打ちのめすべき敵でもないのでしょう。

偏愛のすぎる自称読書家は、場末のブログなんぞで壁打ちぎみにレヴューをしておくのがふさわしいのかもしれませんね。


読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。

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