陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

母の日、母の月だからこそ観たい日本映画「序の舞」

2020-05-10 | 映画──社会派・青春・恋愛

毎年第二日曜日は母の日。しかし、今年は母の月。
新型コロナショックの自粛嵐で連休明け商戦も厳しいらしく、母の日セールを月単位でという動きがあるようです。ビジネス上はともかく、通年、毎月の第二日曜日、あるいは週の特定曜日のみはお母さんありがとう、休んでねの日にすればいいのではないでしょうか。

芸能人、とくに美空ひばりや宮沢りえなど、名が売れる有名人女性には、夢を後押しする強烈な母親がいたりしますよね。母親がなれなかった夢を託したといえば聞こえはいいかもしれないが、なかには子どもの売名をダシにして稼がせる、自己実現を図ろうとするゆがんだ母子密着愛もあったりします。今回は、その真逆で、娘の夢に立ちはだかろうとする母親のお話です。

閨秀画家・上村松園の半生をモデルにした、宮尾登美子原作の小説を映画化したものが、1984年の映画「序の舞」。
モデルとあって実話じゃないのだろうけれども、ときおり挿入される画家の実作の映像がリアリティを醸し出していますね。

物語はある意味、二世代ヒロイン制で、画家の母親勢以の少女時代からはじまる。
養父母にも夫にも死なれ、女手ひとつでふたりの娘を育てた母。彼女は娘たちに堅実な生き方を願ったが、次女の津也は幼くして絵の才能を発揮していく。しかも画塾の師・松溪と深い仲に。
母はそんな娘を責め、津也は師匠のもとを離れて自立しようともくろむが、他の男を頼る羽目に。
小学校の図画教師で欧州へ遊学したのち帰朝して名をあげた、西内大鳳(竹内栖鳳がモデルかと思われる)や、同門の画塾生だった徳二。しかし、彼女はふたたび師匠のもとへ…。

この時代、女性が画家として身を立てるのはたいへんだったのだろうな、と思わされる一作。いや、今でもそうかもしれないけど。画壇のしがらみとか、女性は芸術創作をすべきではないとか。現在ファインアートは言わずもがな、アニメーターでも漫画家でも作家でもすぐれた女性はいるものですが。仕事の充実か家庭の円満かの二者択一を迫られていた時代から、貞淑な妻、婚家の労働力としての嫁、子育てのできる母親、老親に献身する娘、可愛い後輩あるいは頼りがいのある上司、とさまざまな社会的役割を演じ分けねばならない、現代の女性もなかなか大変ではありますね。少年漫画誌に連載するために、わざと男名義のようなペンネームにする女性漫画家もいますしね。

しかし、どんな境地にあろうと、片時も絵筆を離さなかった信念はすごい。
ほんとに不器用なほど絵のことしか考えていない。しかも、画家でござい、といったような不遜な自負心がみじんもないヒロインの生き方が気持ちいい。といっても、そんな自負心もあたためようがないほど、彼女を襲うのは苦難の連続なのですが。

そして、最後におとずれる母と娘の和解。
娘がけっして世間に顔向けできない母親になったときの覚悟をみて、その母も腹をくくったところ。

母親役に岡田茉莉子、娘の女流画家には「櫂」でもおなじみの名取裕子。図画教師役には風間杜夫。

この映画視聴時、上村松園の絵はあまり見たことがなく、とくに心に残るほど惹かれるというわけでもありませんでした。名前だけ知っていた、そんな日本画家でした。近鉄沿線には、松伯美術館のポスターがよく貼ってありましたっけ。源氏物語とかの歴史的絵巻物は別として、近現代日本画家の、あの類型化されたのっぺり顔が好きではありませんで、前衛的でもないし、関西住まいの若い頃は毛嫌いしていました。惜しいことをしましたね。絵画論『青眉抄』も後から読みましたが、なかなか興味深いものでした。松園自身は、「私を生んだ母は、私の芸術までも生んでくれたのである」と母の支援に感謝しています。「序の舞」は舞妓を描いた松園の代表作にして、重要文化財、東京藝術大学大学美術館収蔵。私は情念凄まじい「焔」のほうが好みなんですが。

この原作小説版も読みましたが。
師匠の子を身ごもって下ろすための薬が高価で買えず、主人公が泣く泣く描いた春画が思わぬ画家の新境地を開いていくとか、そのあたりが印象深かったですね。映画だと完全に決別するスケベ師匠も、いまわの際には女弟子としては慕う場面があるのも。モデルとなった松園の画風は、気品のある美人画の確立。卑俗なモデルとして描かれるのではなく、女性が描く清廉潔白な女性。上村松園は女性初の文化勲章受賞者ですが、息子の上村松篁、孫息子の上村淳之も三代にわたっての日本画家で芸術院会員というサラブレッドだそうで。

いまのクリエイターや芸能界志望女性だったら、枕営業と揶揄されたり、同人誌やイロモノゲームやら水着撮影やらを仕事とわりきっている人もいるにはいるだろうけれど、でも、そういうお仕事をしている女性でもひとりの人格ある存在として尊重されたいというのは、通俗低音としてあると思います。男性お笑い芸人が風俗堕ちの女性を揶揄する失言で批判されまして、それについては弁護の余地はありませんが。たとえば、都合よく快感を得る職業のお世話になっておきながら後ろめたさゆえにそれを攻撃したり、見下したりということは、往々にしてありますよね。私たちがひとしなみ母親から生まれてくる存在であるのに、母親を煙たがったり、女性性を否定したりすることがあるのと同じで。

宮尾登美子の小説は健気に逞しく生き抜く女性ヒロインが多いけれども、実際武家社会の女性の名残りがあったり、男手の少ない戦時中を生き延びたりの昭和くらいまでは、歴史に残らずともこういう女性はいたのではないでしょうか。苛烈なフェミニズムに傾倒するのは怖いですが、伝統的な奥ゆかしさと女らしさ、時代の変遷による強さへの憧れとで、女性は常に揺らぎ続けます。これはまあ、男性も同じくなのですが。

余談ですが、私は母ふくめて親に自分の夢を潰されたこともなければ、促されたこともありませんでした。しかし、なかなか絵心のある母親に加筆されて嫌だったので、応募作の画用紙を破り捨てた子どもである私は、身内のお子様が好き勝手にお絵かきを楽しむ姿を見まして複雑な気持ちになります。こんなスキャンダラスな女流画家の生涯などを読んだらなおさらに。世相が暗くなる一方の時代、我が子たちには食いっぱぐれのない人生を送ってもらいたいと思うのは、親でなくとも世の大勢の大人たちの常でしょうかね…。

(2009年1月3日頃視聴)

序の舞(1984) - goo 映画序の舞(1984) - goo 映画


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