陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「Flower and Fidget」 Act. 15

2006-09-06 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

シャッハに話しかける振りをしながら、ヴェロッサはひそかにアインハルトの髪の毛先に触れた。
とたん、彼のなかに怒濤のごとく、アインハルトの夢想の風景がなだれこんできた。


──青い服をまとった男と女が向かい合っている。
つかのま、拳を交わしたあとに男が膝をつき、女が何事かを告げた。女の顔は、瞳の色こそ高町ヴィヴィオと同じであったが、顔は似ていなかった。もちろん騎士カリムと似ても似つかなかった。

戦船の門出を告げる晩鐘が、ふたりが愛した国土の隅々にまで響き渡っている。
その鳴音は、幸福なときであれば、将来を誓うて想い合うふたりを結ぶ祝福であったはずだった。いたずらに素手でその鐘を叩いては音鳴りの大きさを競い合った拳技の日々が、胸に熱くよみがえり、女の瞳が潤んだ。あの鐘をぶち壊しておけば──! 男はよろめきながら、歯ぎしりをした。

右の足裏がじんじんと痛い。ブーツの中で転がる、針の先で突いたような、かすかな違和感だった。たったの、小さな痛みだったのに、肝心なときに力が入らなかった。なぜ、こんな小さなものに負けてしまったのだろう。

女は言う──『わたしはもう行きます。ゆりかごで待つ多くの我が民のためにも』。男が追いかけようとして、しかし、両膝をついて翠の芝生に倒れこんでしまった。女が眠気に襲われた男の頬の横に、一輪の花を投げた。敗者にも華を持たせるための、この国の武術の流儀であった。手を伸ばしても、それは届かない。男が掴みたかったのは、勝利でも栄光でもなかった。無情にも、
わずか指の先にあった、戦友の青い裾が翻っていく。夕日に濃くなった女の影ですら、彼から遠ざかろうとしている。

男の重くなった瞼が閉じられようとしたとき、こんな言葉を耳にした──『あなたは強くなってください。あなたが背負っているものが、いずれあなたを救うでしょう』……──映像はそこで途切れた。


その聖王女の言葉に触れたとき、ヴェロッサは胸を衝かれた思いがした。
その遠くからの言葉が、そのときの彼には自分に降りてきた、神の恩寵のように聞こえしめたからだった。

アインハルトがうろんな目つきになった。
被爆したマリア像のような、目前のなにものをも映してはおらずに、遠くをまなざしているかのような硬い瞳だった。彼女の前に張られた薄い膜には、ヴェロッサも、シャッハも映ってはいなかった。

「彼女…聖王女オリヴィエは、ここに奉られているのですか?」
「そうみたいですね」
「そうですか。彼女は死してもなお、王にふさわしく葬られ、愛されているのですね…。ならば、我が拳は一人この身の強さを証しだてるために磨けばよいのみ。彼女との約束を果たさねば…」

アインハルトが握りしめた拳を突き出した。
格子で寸止めだったとはいえ、急に目前に突きを出されたシャッハは、目を丸くしていた。アインハルトが、慌てて腕を引っ込めた。懺悔室に来たのに、また過ちを重ねてしまったことに気づいたのだった。

さて、聖王教会の栄えある騎士シャッハ・ヌエラ。
幼子とて、規則やぶりは容赦せず、あのヴィヴィオにすら剣をふるいかけた彼女は、いまの無作法をどう始末つけるのだろうか。ヴェロッサは成り行きを見守っている。



ジャンル:
小説
この記事についてブログを書く
« 「Flower and Fidget」 Act. 16 | TOP | 「Flower and Fidget」 Act. 14 »
最近の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは