陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の桎(あしかせ)」(一)

2009-10-01 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空



「どんな時にも人生には意味がある。
未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」
ヴィクトール・E・フランクル



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平成十六年、八月三十一日午後六時。
来栖川姫子と早乙女真琴が、夜の校舎徘徊をしていたその日、その少し前の時刻。大神神社に隣接する邸宅の庭先で。

黒髪の少年は、バイクの整備に余念がなかった。
少年は、その名を大神ソウマという。来栖川姫子と同じ乙橘学園高等部、花の一年生。この七月に十六歳の誕生日を迎えたばかりの初々しい男子である。学園では「乙橘の蒼き貴公子」の異名をとり、姫子の親友・早乙女真琴ともども、これまで無遅刻無欠席、皆勤賞目指して記録更新中の優等生。学生服を着崩すこともなく、何事にも計画的にこなすこの少年は、どこぞの誰かさんと違って、泣きべそ掻きながら夏休みの宿題を最終日になって徹夜で仕上げるような、迂闊さはない。

その絵に描いたような健康優良児の少年がバイク乗りと聞いて、さて驚く事なかれ。
なにせ彼は、とかく真っ直ぐなものが許せない類の不良ではない。青空とスピードだけが友だちだとほざく現実逃避の走り屋でもない。英雄ごっこがしみついた仮面ライダーかぶれでもない。乙橘学園は山中の丘陵にあって、よほどの村の名家の出の在校生を除き、乗用車での送迎を禁じている。だが、大神邸のような、これまた、ひとつ小高い山の上にある家のご子息ともなれば話は別だ。彼のような「品行方正」「才気活溌」の四字熟語をきれいに背負い、世間に対してじつに律儀に生きている学生には、風紀にとみに厳しい学園理事の姫宮家もめっぽう甘い。しかもこの村の崇敬家が後ろ盾もし、数百年来の懇意ある、あの大神神社の次男坊ともなれば、なおさらなのである。学業成績とクラブ活動での活躍を条件として、特別にバイク通勤が許可されている身の上だ。

その彼が高校一年入学時点で、入学祝いとして購入したのはオフロードバイク。ライダーに手堅い人気を誇るモーターブランド、カワサキのKDX250R。
野性味の趣きあるバイクにまたがると、野育ちの暴れ馬を従えたような征服欲が満たされる。車高がやや高いもののエンジンの馬力にすぐれ、雨の日のぬかるんだ坂道でも重宝している。天火明村はとかく傾斜のある山道が多いのだから、なおさらだ。静かな鎮守の森に毎朝ひびく通学の駆動音もご愛敬で、珍しさに手を振る人までもいる。この村で二輪車といえば、新聞配達員や農夫御用達のホンダ製スーパーカブか、原付もしくは自転車ぐらいのものだった。すっかり馴染んだ愛車だが、彼はどうしても二台目が欲しかった。最初、初代車を下取りに出して買い替えようかと思ったが、さすがに、その二台目を通学用に使えそうにもなかったので、やむなく併用することになった。

その二台目とは、なんと、サイドカー。
といっても、側車部分が取り外しできるタイプであるから、厳密に言えば、新しく新車の本体を購入したのではないが。オフロード車にサイドカーと聞けば不似合いな感じがするが、古くは1930年台から欧州でサイドカーのモトクロスがはじまり現在も人気を得ているという。もちろん、万事が安全運転のソウマなれば、危険走行などするわけもないが。

大神少年は、そのサイド部分を増築するための資金稼ぎとして、この夏、かねてから厭っていたはずの、大神神社のアルバイトに精を出した。
クラスメイトに誘われてリゾートホテルの泊まり込みアルバイトを考えていたのだが、部活の合宿が忙しくて時間がとれないところ、兄の大神カズキに掛け合って、合間の時間に家業を手伝えば賃金をはずむという約束となったのである。カズキ兄の書生として住み込みの青年がいるにはいたが、あいにく、この夏休みに彼が研究旅行に出かけたりなどなどの諸事多忙を極めるというので、それは急きょ見つかった、体のいい臨時仕事なのであった。もちろん、夏休みだけの賃労働では、サイドカーの購入資金にはとうてい及ばなかったのが、新学期がはじまってからも折りをみて家業を手伝い、あとは出世払いという口約束になっている。長兄とはいえ、年の離れた義理の兄でもあり、かつ親代わりでもある大神神社の宮司・大神カズキは、この弟には少々甘かったと見える。

ソウマ少年が、このサイドカーを欲しがったのには訳がある。
彼のバイクならば、タンデムで相乗りも可能である。好きな彼女と密着してツーリングというのは、バイク乗り野郎にとってはロマンであろう。だが、この少年、あまりに純朴すぎた。以前に幼なじみの少女を後ろに乗せたときに、あまりに怖がられたので恐縮してしまったのである。しがみつけと言ったのに、首斜めにして遠慮がちだったので風に煽られて落ちそうになったのだ。

少年と少女は同じ方向を向いているべきだと、このとき、大神少年は悟ったのである。
二つの輪として前を進んでいくように。彼女が輪を回す必要はなかった。運び役は自分だと決めていた。

──「姫子、君が望めば俺は月にだって行ける。行けるんだぜ」

ソウマは思い出す。あれは七歳の秋だった。
児童養護施設に預けられて仲良くなったその少女は名を、来栖川姫子といった。交通事故の遺児で、母の出里の来栖川というお金持ちの養女になっていたが虐待を受け、その小父が亡くなったことから、また施設に舞い戻っていたのだった。姫子はその後もいくつかの養子縁組を望む養父母たちのもとをたらい回しにされていた。彼女は屈託なく笑ったが、なつかずに難しい子どもであった。なにごとにも無気力無反応で可愛げがない子、躾けようとしてもすぐ泣き出してしまい育て甲斐がない子というのが、突き返した大人たちの言い分であった。大人たちは、通販のお取り寄せをクーリングオフするように、いまだ存在しない子どものある未来に度の過ぎた幸せを抱きすぎ、部屋の隅に置いてみて、すこしでも気に食わない、取り換えなければ気が済まない欲望に振り回されて、その不幸な少女を虐げていたのだった。姫子の落ち着く家はどこにもなかった。





ジャンル:
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