Here is

ここに居るよ!

■お気に入りブログ

2018-01-31 07:09:30 | 愚痴
大好きなブログが再開した。
私と同年代で、同じく姑と同居をしているという共通点があるので読んでいて楽しいのだ。
私と違う点は、ブログに正直に綴っているという素直さだ。
私の場合、ある警戒から書けないことが多いが、彼女は自分の気持ちを素直に、あっさりと書いているので嫌味が無いのだ。
見習いたいところが沢山あるブロガーさんだ。
同じ愚痴を書いてても彼女は明るいが、私は暗くて冷たい書き方だ。

彼女の義母さんは、介護1の認定で週に5日デイに行くそうで、なんとも羨ましいが、同居のストレスは、ただ同じ屋根の下というだけではない。
彼女の場合、昼間はパート勤務で働いているので、家に誰が居ようが困らないが、義母さんもデイで留守なので、彼女が仕事で疲れて家に帰る早々に、義母さんもデイから帰って来るというタイミング。
誰の空気も感じずに家で寛ぎたい一心が、義母さんの存在で叶わない。
一日でもいいから誰もいない一人きりの家で過ごしたいのだ。
いつだっておひとり様の人が逆に羨ましいと思わせるのが同居なのだ。
これが彼女のストレスとなっているのだろう。
気持はよ~く分かる。


私は家で仕事を持ちながら、姑の相手もする日課で疲れる。
たった週一のデイも留守中にやることが山積み、彼女とどっちが楽なのか?と考える。
外で働ける分、彼女は息抜きできていいな..と思う。

デイをもっと増やしたいが、まだ始まったばかりで、しかも姑は「要支援1」だから無理だろう。

介護を喜んでしている人など居ない。
同居なら尚更だが、同居しているということが家族の本音を隠してしまう。
誰にも言えずに我慢、我慢、それがいけない。
ブログでコメント交流が出来たらなぁと思うが、コメント返しが大変なのは経験済みだ。
そこでロム專に徹するわけだが、共感した記事に対して「頑張れ」も「同感」も伝えられないのが残念で仕方ない。

たぶん、介護、同居の皆も同じように思いながらブログでストレス発散をしているのだろう。

休み、休みでも書くことはずっと続けたい。

大好きなブロガーさん、絶対にブログは辞めないで!






■通院

2018-01-30 06:55:39 | 愚痴
掛かり付け医に行く姑に付き添った。
一人でも大丈夫..と言ったが、体の方ではなく、別の方が心配だった。
非常に混んでいて座る席も無いほどの待合は、付き添いの私が居るべき所では無い気がした。
姑は、顔見知りがいるのを見つけると、まっしぐらに寄って行った。
受付をするのももどかしそうにしている。

来る前に何度も確認したバッグから保険証と診察券を取り出す際、既に何処に入れたのか忘れてる。
私が、それらを預かっても良かったが、姑は自分の持ち物だから自分で出来ると強調するので取り上げることは出来ない。
ややあって、受付を済ませると顔見知りの座っているところへ一目散。
知り合いが4人も居たことで興奮したのか、血圧も146と高い。いつもは110くらいなのだ。
それからは、小声ではあるが「おしゃべり」のオンパレード。

知り合いたちも薬を貰いに来ただけらしく、先ずは診察を受けての処方なので、待合は順番を待っている間の「社交場」になっているのだろう。
これだから、元気な高齢者は掛かり付け医に通うのが楽しみの一つにさえなっているのだ。
痛いところも痒いところも無い患者である。
帰りには薬を山のように貰って帰るのだ。(笑)

私はしばし、蚊帳の外で遠巻きにその様子を窺っていたが、いつも来ているという隣席の人に聞いた。
「診察まで、だいぶ待ちますか?」

「たぶん、お昼までは待つと思いますよ。」...とのこと。
私だけ、一旦帰ることにした。

姑にその由を伝えて病院を出た。



結局、終わったのは受付から3時間後、そのあと、処方箋を持ち薬局へ寄る。
薬の内訳は、便秘や下痢、ガス抜きなど整腸剤と脳内の血の巡りを良くする薬だという。
この薬をずっと飲み続ける必要性はあるのか?..などと、私は余計なことを心配する。
聞いた話に、病院は薬と予防接種で儲けているという。
当たらずとも遠からず...お客様(患者)は神様ですってか。(苦笑)


家に帰り着いて昼食、二人とも疲れて夕方まで昼寝をした。
来週も眼科の予約がある。二日連ちゃんでだ。

あ~大変だ!



■なんだかなぁ~

2018-01-25 09:21:14 | 愚痴
毎日、毎日.....
同じことを聞かれては答えての繰り返しと、退屈しのぎのおしゃべりに付き合い、疲れ果ててぐったり...
そんなことを愚痴っても誰にも同情されない。
愚痴った分だけ余計にストレスが掛かるのが分かっているのに、ブログに吐き出さずにいられない。

いま、ブログを書いている間も隣で姑が話し掛けてくる。
リビングの和室にパソコンを持ち込み、朝ご飯を食べている姑を観察しながらいるのだが、時折、食べるのを中断しては「今日は何日?何曜日?」
「今日は何か予定があったっけ?」「今度の日曜日は何処に行くの?」次から次と質問攻めに遇ってる。
文がまとまらず、一向に進まない。


最近、姑がトイレの回数も汚すのも減ったのは、三食をしっかり食べて出すものを出すという基本が出来ているからだと思っている。
...とは言っても、薬を正しく飲むという行為そのものは、もう自分では出来ないので私の仕事は増える一方だ。
飲んだことも忘れ、朝昼夜の認識さえおかしいのだ。
今朝9時、パジャマのままリビングにやってきて、「いま、朝なの?夜なの?」と聞かれた時は流石に「???」と思ったが、外が明るくなっているから朝なんだ..という考えは無いようだ。
私は面倒臭くなり、「眠いなら寝ててもいいよ」と言ってしまった。


起きたからといって何も予定など無いのだから寝てるのが一番と思ったのか、「もう少し寝てるから」と言って引っ込んだ。

かと思えば、親戚の同年代の伯母さんが来たときは、喜んで歓迎し、時間も忘れて話し込んで、何処にも異常は感じないほどだった。
だから、たまに会う親戚などからは、「本当に認知症なの? 普通じゃないの」と言われ、いかにも私が無理やりデイに行かせているように思われる。


認知症って不思議....
懐かしい顔に会うと治ってしまったかのような反応になる。

相変わらず、おしゃべりは絶好調で、これが姑にとってはベストな日常なんだろう。
誰かと話すことで一日が充実し、適度な疲れでよく眠れること、余計なことは考えない、悩まない、そうすれば認知症だって進行を遅らすことが出来る。



残念なのは、私や娘(義妹)が、協力して尽くしても本人はちっとも分かっていないことだ。
分かっていたとしても姑なら「娘や嫁が尽くすのは当然だよ」と思うのかも知れないが...。

嫁の立場としては、「なんだかなぁ~」なのである。



■雪掻き

2018-01-24 07:58:04 | 愚痴
積もった雪の処理に悩む家々の前には、大きな雪山が出来たり、道路脇に寄せた雪で道幅を狭くしている。
住宅地には無謀な運転をする者はいないが、一本、大きな道路に出れば小学生の通学の列、通勤の車の往来で危険度が増す。
小学生の子供を持つ親たちは、送迎のために車を出す。
これが渋滞に拍車を掛けることにもなり、雪の朝は、一苦労しながらの通勤、通学なのだろう。
私にも遠い昔の思い出としてある。

外に働きに行くことが無くなった老夫婦には、そんな心配はなく、暖かい部屋の窓から見える真白い風景を楽しんでいるかも知れない。

我が家の朝は、早朝から夫婦で雪掻きに追われ、終わったあと、早起きの分だけ居眠りをした。
暖かい部屋から出たがらない姑は、私たちが居眠りをしているころに起きて来た。

眠い、眠い...の私は、知らんぷり。

姑の朝食は、既にキチンと食卓に揃えてあり、あとは、暖かなご飯と味噌汁をお膳に揃えるだけなのだ。
それくらい、どうぞご自分でやって下さいな。




そのあと、少しだけ眠って、起きてからは家事、掃除、洗濯機を二度、回した。
リビングの窓を全開にして掃除機を掛ける。
トイレやお風呂、二階と一階を行ったり来たり....
全てが終わったのは11時20分頃だった。

えっ、もうお昼じゃないの?
キッチンに立つ元気も無くなるほどお疲れ気味。
夫はラーメンでいいと...当たり前ジャン....


午後の昼寝もした後、3時少し前に夫と銀行へ....
スーパーの寄り道も今日は無し!

一日、ほとんどベッドで寝ていた姑の頭は、認知症状が強い。
同じことを繰り返ししゃべっている。
私も同じく、繰り返し応答して疲れた。
夜、お風呂から上がった姑の部屋で、電気毛布やエアコンの設定を確認し、やっと今日のお勤め終了だ。
....おやすみ~.....

夫がお風呂に入りに行ったタイミングで後片付けと翌朝の準備をする。


こうして雪の日は、早々に暮れて行った。

■核家族へのあこがれ

2018-01-22 08:00:04 | 愚痴
今日は、ホームセンターに行ったり、ダイソーに行ったり、暮らしに密着した生活用品を見て買い物をしてきた。
ついつい買い物が増えて、あれもこれもと欲張った。

明日からの寒波予報に備えて、食料も多めに仕入れた。
私は、家事まみれだが、家の中でヌクヌクと過ごせるだけ幸せなこと。
眠たくなったら横にもなれる。


息子一家が泊まりに来ていたので、孫と一週間ぶりのふれあい時間もたっぷりとれた。
上の孫が、いつものように私と寝てくれた。
家に泊まる時は、私と寝ると言って譲らない孫。
孫との時間は、私にとって癒しの時間だ。





私は、子育て時代、息子は祖母(姑)と寝たいと言ったことは無かった。
同居で、いつも同じ屋根の下ではあったけれど、いつだって私と離れて寝ることはしなかった。
弟が生まれても父親と寝ることもなく、私の背中にくっついて寝ていた息子だった。
産院で弟を出産し入院していた6日ほどは、祖母と寝たようだが夜泣きばかりして「おかあさん、おかあさん」の連発だったそうだ。
泣き疲れて眠るだけの日々、姑も呆れて叱っていたようで、それを見ている夫も、父親としてはまだまだ我が子を扱い慣れていなかった。
むしろ、自分の母親(祖母)に任せておけばいい..と言ったような、父親としての自覚も目覚めていない幼稚さだったのかも知れない。
得てして昔の男には、結婚してからも母親を頼るようなマザコンと言われる依存症があったと思う。
男の子は、早い段階で母親から卒業して行くことが望ましい気がする。
母親としては寂しいが、それは母親のためでもあり、息子自身のためでもある。
結婚し独立した際には、夫婦として、父親としての自覚もしっかりとしたものになるはずである。
親からの独立こそが、新しい家族を作り上げることには大切なことだと思う。

いま、離れて暮らす息子は、一家の大黒柱そのもので、仕事と子育ての両立とも言うべき、妻をもしっかりサポートしながら幸せな家庭を築いている。
親と同居をしていたら、私と嫁も、おそらくは今のように嫁と姑が一緒に買い物したり、カフェでコーヒーを飲んだりする仲にはならなかったかもしれない。
良い距離を保ちながら、お互いに協力し合う関係でいられることは何よりである。

これまでの、私と姑の関係を振り返ってみると、姑至上主義のような、絶対的な上下関係があった。
少なくとも、育児や子育てという大事な時期を、姑の顔色ばかり気にしながら過ごしてきた私には、おおらかさも、明るさも足りなかっただろう。
それは子育てに、一番悪い影響を与えてはいなかったか..と今になって思うことでもある。



もしも、結婚生活をやり直せるとしたら、私は核家族だけでやり直したいと痛切に思う。

もしかしたら、それは、全同居嫁の本音ではないだろうか。
少なくとも、いま、現在進行形で続いている人達なら分かるだろうが、同居を卒業してしまった「過去形」となった方には通じない心境だとも思う。
それは過ぎてしまったからこその「美談」となった証だから。