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日本製紙クレインズ廃部の一番の理由は「日本リーグがなくなったこと」ではないか(毎日新聞2018年12月19日 20時34分 ほか)

2019-05-09 15:15:50 | スポーツ
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2018/12/19 22:00

日本製紙は19日、釧路工場(北海道釧路市)が運営するアイスホッケーチーム「日本製紙クレインズ」を2019年3月末に廃止すると発表した。同社は紙の需要低迷で業績が悪化し、経営合理化を進めている。製紙事業を取り巻く環境は厳しさを増しており、チームは約70年の歴史に幕を下ろす。


チームは1949年、旧十条製紙が創設。合併で日本製紙が誕生した後に現在のチーム名になった。全日本選手権で7度、アジアリーグで4度の優勝実績がある。

日本製紙は19年3月期に80億円の連結最終赤字になる見通し。経営再建のため、印刷用紙や新聞用紙など洋紙の工場を中心に生産能力の削減を進めている。道内では勇払事業所(苫小牧市)が洋紙生産から撤退し、釧路工場も能力削減計画を打ち出している。

製紙が長年、基幹産業だった釧路でチームは愛着のある存在。釧路市とは15年8月に包括連携協定を結び、選手と市民が交流を深めてきた。同市の蝦名大也市長はチーム廃止の報に接し、「大変ショック。信じられない気持ちで言葉にならない」とのコメントを発表した。

地元に住む主婦(70)は「アイスホッケーが盛んな釧路で、試合の応援にも行った。選手は地元で憧れの存在」と話した。



同じ製紙会社である王子は、今でもアイスホッケーは「主力スポーツ」の一つであるのに対し、日本製紙のほうは、必ずしもそう捉えていなかった、ということかな。




毎日新聞2018年12月19日 20時34分(最終更新 12月19日 21時21分)

日本製紙が拠点を置く北海道釧路市は、王子の拠点の苫小牧市と共に「日本アイスホッケーの聖地」と称されるほど競技熱が高い。極寒で雪が少なく、天然リンクを造るのに最適な気候柄、多くの有力選手を輩出してきた。名門の廃部はトップから子どもたちまで幅広いレベルにダメージを与えそうだ。

 女子日本代表の飯塚祐司監督は、中学生時代に日本製紙の前身の十条製紙のジュニアチームでプレーした。「まさに憧れであり、地元のシンボルのようなチーム。廃部は競技人口の減少につながる」と懸念する。日本アイスホッケー連盟の八反田孝行強化本部長も「強化はもちろん、競技の普及、育成という観点でも大きな損失」と危機感を募らせる。

 景気の波にもさらされ、この20年で、古河電工、雪印、西武が相次ぎ撤退し、2004年まで存続した日本リーグ時代から活動するのは王子だけとなった。09年に廃部した西武の年間運営費は約5億円とされたが、アイスホッケーは団体競技である上、リンクの確保などに費用がかさむ。競技の発展に向け03年に発足したアジア・リーグ参戦も遠征費が負担となった。

 1999年に廃部した古河電工を引き継いだクラブチーム「栃木日光アイスバックス」のように、企業だけでなく地域にも支えられる運営形態は一つの理想型だ。だが、八反田強化本部長は「サッカーやバスケットボールのように全国区のメジャー競技ではないので(受け皿を見つけるのは)簡単ではない。地域密着が課題とは分かっていたが、それが進んでこなかった」と語る。日本連盟には「釧路だけに地元でチーム存続の動きが出てくるのでは」と期待する声もあるが、難局に直面したことは確かだ。【平本泰章】





12/19(水) 10:37配信 デイリースポーツ

 日本製紙株式会社は19日、69年間に渡って活動してきた同社のアイスホッケー部「日本製紙クレインズ」の廃部を発表した。19年3月末ですべての活動を終了する。廃部理由は収益悪化による経営合理化としている。

 同社が報道各社に送った書面によると、主力の洋紙事業において、著しい収益悪化に直面、18年度からスタートした第6次中期経営計画で大規模な経営合理化を進めている最中だという。併せて、パッケージやケミカル、エネルギーなどの成長分野に経営資源をシフトする事業構造転換を推進しており、そんな状況にあることから、アイスホッケー部の廃部を決定したと説明した。

 日本製紙クレインズは1949年に十條製紙釧路工場アイスホッケー部として創部。74年に日本アイスホッケーリーグに加盟し、93年には十條製紙と山陽国策パルプの合併でチーム名を「日本製紙クレインズ」と改称した。

 03年にはアジアアイスホッケーリーグに参加。アジアリーグは優勝4回、全日本選手権も優勝7回という名門だった。



はっきり言って、日本リーグが消滅したことが、日本製紙クレインズにとって、今となっては痛手だっただろうな。

一方で、「十条製紙」時代は『万年5位』(万年最下位は古河電工)というレッテルを貼られ、とりわけ、王子、西武、コクドの「三強」には、1シーズンで「何勝できるか」だけが焦点となっていたチームにとって、日本リーグの消滅は、クレインズにとっては「吉報」だった、という見方もある。

2000年代前後に、古河電工(→ 日光アイスバックス)、雪印、西武鉄道(→ コクドに統一するも、2009年に廃部)が相次いで廃部したことを受け、アイスホッケーの日本リーグは実質的に成立しなくなった。

そこで、韓国、東方ロシア、中国といった国を含めたアジアリーグが作られた。

しかしながら、上記の国へ遠征しなければならない結果、活動費が、日本リーグ時代よりもかかっており、にもかかわらず、近年の日本代表チームの不振もあって、日本ではアイスホッケーの人気は「低空飛行」のまま。

その上、冒頭に示した通り、日本製紙は王子ほど、積極的にアイスホッケーを支援しているとは言い難い。

日本リーグがなくなって以降、クレインズは「黄金時代」を築いたわけだが、それは雪印の廃部の影響が大きい。雪印は、日本リーグの初代優勝チームである、岩倉組をそのまま受け継いだチームであり、強くはなかったものの、シーズンによっては、「三強」のうちの一チームよりも上位に来ることもある「中堅チーム」だったが、この雪印から移籍した選手が少なくなかった。

加えて、上記の通り、西武鉄道が廃部となったことで、日本のアイスホッケーのヒエラルキーバランスが大きく変化した。

クレインズは、日本リーグの晩年あたりから力をつけてきた上に、こうした事情も重なり、2000年代前半から中盤にかけて「黄金時代」を築くことになるのである。

だが、こうした活躍は、スポーツ新聞ですら、取り上げられることはほとんどなく、一般紙のスポーツ欄にちょこっと載るだけ。これでは、はっきり言って「宣伝にすらならない」。

そもそも、アジアリーグの知名度は低いし、おまけに、西武とコクドが廃部となって以降、首都圏での日本トップクラスによるアイスホッケーの開催が激減したこともあり、今や、アイスホッケーは、日本では「超マイナー」。堤義明が猛威を振るった時代とは「天と地」ほどの差がある。

また、かつての日本リーグを制したチーム(王子、西武、コクド、岩倉組)の中で、アジアリーグに属する現在の生き残りは王子だけというのも、アイスホッケーの台所事情の厳しさを表す。

そんな中、王子とともに、「企業チーム」として頑張ってきたクレインズ。アジアリーグ4度、日本選手権7度のそれぞれの優勝は、全て21世紀に入ってからという、「旬なチーム」であるが、近時、両大会の優勝からは少々遠ざかっている傾向にあった。

ということで、そろそろ、この辺が「潮時」ということで、廃部を決断したんだろうな。

それにしても、アイスホッケーの日本のチームは、岩倉組、西武、コクドも含めて、「現在進行形の強いチーム」が突然消えるケースが目立つ。

このままの流れでは、アイスホッケー人気の浮上は望めない。

となると、アジアリーグではなく、サッカーやバスケットに倣って、「ホームタウン制」の『日本リーグ』の結成が望まれるのではないか。

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