公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

西宮・甲子園廃止後の「悲劇」

2006-11-08 02:02:40 | 公営競技論

園田・姫路両競馬、危険水域に。

神戸新聞より

県競馬組合、配分金ゼロ 赤字で基金125億が1億円に

兵庫県競馬組合の二〇〇五年度の決算で、組合設立以来初めて兵庫県と尼崎、姫路両市への配分金がゼロになることが七日、分かった。単年度収支が七年連続赤字で、ピーク時に百二十五億円あった基金の残高は一億円にまで激減している。

 県競馬組合は一九八〇年に設立。園田(尼崎市)と姫路の二競馬場を運営している。馬券売り上げが歳入の九割を占め、経費を差し引いた中から、県が八割弱の配分を受け、尼崎市15%、姫路市7%で配分している。

 〇五年度の馬券売り上げは二百九十六億円で、ピーク時の九一年度千百八十六億円の四分の一に。その後は前年を一-二割程度下回る状況が続いている。

 単年度収支は七年連続赤字となり、〇五年度の赤字は四億六千八百万円。赤字は、積み立てた基金を取り崩して穴埋めし、九二年度に百二十五億円あった基金残高は、〇五年度決算で一億二百万円になる。配分金は九〇年度が最高の八十一億円で累計約七百億円に上る。〇四年度は計一億八千五百万円を配分していたが、〇五年度はゼロになる見込みとなった。

 一方、景気回復や昨年以降に導入された難波での場外馬券販売、インターネット投票などで、売り上げ好転の兆しも見える。今年九月までの一日当たりの売り上げは前年度比8%増を記録。基金が底を突き、このまま赤字が続けば各自治体による損失補てんが避けられないが、〇六年度の資金ショートなどの危機は回避できる見込みという。

 兵庫県は売り上げ促進策を探るため、有識者による競馬事業活性化委員会を設置。同時に、資金不足転落時への準備として事業廃止の是非についても提言を受ける。(畑野士朗)


しかしまぁ、1186億円が14年で296億円!奈落の底に突き落とされたかのような数字。

競艇も確か住之江がピーク時に2700億円ほどあった売上げが昨年度は確か970億円ぐらいで約3分の1程度になってしまっているし、尼も半減だったか。

各年度の数字はよく分からないが、2001年度をもって西宮・甲子園競輪が廃止になってから余計に競馬も競艇も売上げが「カターン」と減ったようにも感じるわけだが。

それにしても園田・姫路の落ちようは想像を絶する。

ま、ここを管理する兵庫県競馬組合ってところは昔から、「お気楽」な考え方で、4分の1ほどにまで落ち込んだその間、新規はもちろんのこと、既存の客へのアフターケアもロクにされなかったからなぁ。

漸く去年あたりから指定席や入場時のポイントカードなるものが登場し、この間あの大師匠が本家本元「大黒社」に話を聞いてくれたんだが、やはり、大黒社の売上げもピーク時と比較すると、3分の1程度にまで落ち込んでいるんだとか。 

したがって昔だったら、逆に客を捌くだけで大変だったから、

「はい、おおきに」

だけで済んでいたのが今や相当に客も減っているから、

「じゃこれもっていって!」

と飴をターンとくれる有様だからねぇ。去年初めてそれをもらったときには私もビックリ。場合によっては、

「新聞持っとるか?」

と聞いて、もしもってなかったら、

「これやるわ」

と言う次第だからなぁ。

私は昔は正月といえば、2日は住之江、3日は園田、4日は西宮へ行くことにしていて、前年の29日か30日には甲子園へ行くことがお決まりのパターンであった。

それが西宮・甲子園がなくなってからというもの、2日の住之江も、3日の園田もいつしか行かなくなってしまった。

つまり毎年お決まりのパターンのうち、西宮と甲子園へ「行けなくなったら」、住之江も園田も「行かなくなってしまった」ということになる。

私みたいな「パターン」で行く人ってあまりいなかったのかもしれないが、しかしながら案外、西宮・甲子園の廃止ってのは、園田にも、住之江や尼にも深く影響を与えているんじゃないかなぁ。

とりわけ園田は、中央競馬によってもたらされた「第二次競馬ブーム」にうまく乗っかった時代はよかったが、そのブームが去るや、中央の客はやはり中央には行くが園田には行かないという形に繋がり、ひいてはサラの導入やアラブ廃止といった余波もあってどんどん客が「いなくなった」。

もっとも、今や「不思議」と頻繁に園田へ行くようになった。ま、現金な話がきっかけだけど、今のようなサービスをもっともっと前からやるべきだった。

こうなりゃ、園田よ、真剣に?「ばんば」の導入を考えたほうがいいぞ、ってばんばをやったからってどうにもならんが。

それか、

「やはり、西宮・甲子園がなくなったことが、園田の客の動向にも大きな影響を与えた。よって何とか、大阪ドームで競輪はできないものなのか?」

という考えになって?「再び」正月の「パターン」が再興できれば、園田もひいては住之江も尼も息を吹き返せるのかもしれない?


メルボルンカップ回顧

2006-11-08 00:57:01 | 大レース回顧集

1861年にスタート。オーストラリア国内においては、「The Race That Stop a Nation」(国の活動を止めてしまうレース)と言われ、このレースのために祝日となってしまうくらい、数多ある豪州G1レースの中でも歴史と権威を誇り、そして国民的行事であるメルボルンカップ

南半球最大のレースに日本から、2・デルタブルースと12・ポップロックの2頭が参戦して行われた。

1番人気は、前走のコウフィールドカップ及び、前々走のザ・メトロポリタンとG1を連覇している4・トウキートと、コウフィールドカップで不利を受けて途中レースにならなかったと見られたポップロックが並ぶ(6.0倍)。

しかし今年はアイルランドから「未完の大器」と目される馬が出走。

エイダン・オブライエン&キーレン・ファロンのコンビで挑む1・イエーツが登場。今年はアスコットゴールドカップを勝ち、その後はこのレース一本にほとんど照準を合わせてきた。僅差の3番人気(6.5倍)。

だが、2年前の菊花賞馬で、コウフィールドカップも3着に入ったデルタブルースは意外と人気薄(18倍)。しかしそのデルタブルースがスタートから先頭に踊り出るというレースで始まった。

1周目のホームスタンド前ではどの馬も前に出たがらないような形となり、押し出されるようにして17・ザビートが先頭。デルタブルースは2番手に落ち着き、イエーツも早めの3~4番手。ポップロックは中団よりもやや後ろ。トウキートは後方か。

流れは淡々と進み、2周目の3角あたりまではあまり隊列に変動はなかったが、3角でイエーツが勝負に出て前2頭を交わして先頭に。デルタブルースはすかさずマークをイエーツに付け替え、4角ではイエーツに並びかける。

直線に入ってデルタはイエーツを交わしてついに先頭。そして、満を持して直線勝負にかけていたポップロックが23・メイビースターと、13・ズイッピングを直線半ばで交わしてデルタを追撃。最後は2頭のきわどい勝負となったがわずかにデルタがポップを頭差退け、アジア勢として初の同レース優勝を果たした。

http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2006/11/08/01.html

思い起こせば2年前の菊花賞で、後に海外国際G1を制することになるハーツクライとコスモバルクを撃破して、当時はまだ兵庫の騎手だった岩田康誠に、地方所属騎手としては初のJRAクラシックレース勝利をもたらしたデルタブルース。

菊花賞におけるレース振りが鮮烈だったことから以後も期待されたが、大型馬なゆえに馬体減りしにくい体質が災いして末を欠くレースが目立ち、また、本来ならば得意とすべき距離であるはずの有馬記念や春の天皇賞でも惨敗が相次いだ。

そして、春の天皇賞の惨敗を受けて、秋にはこの馬が得意とする長距離レースが国内ではないことから豪州遠征を決意。最大の目標を今回のメルボルンカップに置いた。

豪州緒戦のコウフィールドカップはトップハンデを背負いながらも僅差の3着。しかしながら今回は同じ日本調教馬のポップロックには期待が集まったものの、逆にコウフィールドカップにおけるメンバーで勝ちきれなかったと判断されたデルタブルースは低評価に甘んじる形となった。

しかし今回はスタートからポンと飛び出して先頭を伺うという気合いの入ったレースぶりで終始レースをコントロール。そして、イエーツを逆に誘い出すようなレースを行い、イエーツに行き足がなくなった時点で一気に交わして先頭に立ち、そのまま押し切った。

前回はロウィラ騎手だったが、今回は満を持して岩田騎手にバトンタッチ。そして岩田も落ち着いた鞍上ぶりを見せ勝利に導いた。

確かに実力的には、欧州のG1レースと比較すると幾分落ちるようにも感じられるが、何せこのレースは地元豪州勢が圧倒的に強く、過去に欧州勢もことごとく蹴散らされたという、外国勢にとっては「難攻不落」のメルボルンカップを制覇したということは快挙といっていいし、また賞賛されるべきものであろう。

ポップロックも、デルタブルースをきわどく追い詰めての2着だからほとんど勝ったも同然のレース。しかし今回はデルタの出来があまりにもよすぎた。

しかしながらこの馬は国内でもまだ2回しか重賞を走っていないし(内一回は目黒記念勝ち)、それでいて国際G1のこのレースにおいて人気を背負うところまで成長したというのは、今後も非常に楽しみ。当然陣営は、来年のメルボルンカップを見据えていることだろう。

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