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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

この一年

2024-12-26 10:27:55 | 日記

元旦の震災に始まったこの一年。振り返ると地震に遭ったのか、分からなくなってくる。まだ残っている爪痕をみるとそれが事実だったのが分かるが、どこかで消そうとしている自分がいるのかもしれない。でも、また少しでも余震が来るとその時の怖さが蘇る。

地震だけでなく、畑の様子が全く違ってしまった。夏の暑さ、乾燥、そして虫の大発生によって夏野菜だけでなく、冬野菜も大根以外はほぼ全滅という状態になってしまった。家はひび割れや沈下もあったが人が手を入れどうにか住めるようになった。ところが自然の中で育つ野菜は違う。自然の営みに対し人の力は及ばない。今年ほど人の力の無力さを感じたことはない。来年からはどうなるのか、施しようがあるのか、できるだけ農薬は使いたくない。

そればかりか、この年末になってガスレンジ、3口のうち、一口が使えなくなった。以前はリンナイのオーブン付き四つ口で20年持ったのに、今回のパロマはまだ5年、最新式が返って故障しやすくなったのか、分からない。その上、カメラの画像からパソコンに取り込むことができなくなってしまった。その中には今までに見たことのない夕焼けが写っている。綺麗というよりちょっと恐ろしいくらいの鮮やかなオレンジが枯れ木の背景に広がっていた。クリスマスの天使のプレゼントかと思ったが、今は「今までにない」というマジックにも思える。

もう、特別なことはいいから、当たり前で、その当たり前、普通というものこそ貴重なのだとつくづく思い知らされた。人の五感を拠り所に、自然の中で共に歩みたい。


よろみ冬の風物詩−2ー

2024-12-22 10:06:02 | 自然の不思議

これを良し、としなければ気持ちが収まらない。大根以外の冬野菜のほぼ全滅。そして思うように動けない今の状態。それでもできることからしてないと身が持たない。

大根で切り干し大根を作っている。できたら天日で干したいが、ストーブの周りで干している。私がこれをしている間に、庫裡では糀作りをしていた。本来ならそれから味噌作りがあるのだが、今年は取り止めた。いつもの暮らしだとお味噌の消費も多いのに、この震災でここの住民が不在もあり、今年は作らなくても足りると言う公算をした。

キムチが食べたい、でも白菜がない。そこで白菜は買うことにした。こんなことは初めてだ。買ったもので美味しくできるのか、やってみないと分からない。

テレビをつけるとキリマンジェロ登山をやっていた。それが氷河が著しく後退していると言う。それも温暖化の影響とか。このままだと地球はどうなるのだろう。ここは今、雪が霙に変わり、先ほどは雪が霧となり白龍が出現していた。

猫は炬燵に、犬は雪の上で転げ回っている。私もまた山を目指そう。


よろみの冬の風物詩

2024-12-18 09:55:06 | グルメ

この師走は畑仕事も終わり、冬の野菜の保存、加工になる。ところが、冬野菜が大根しか穫れない事態になり、そのほとんどができなくなった。実は私の不注意から怪我をしてあまり動けないので、それを自然の配慮と受け入れている。

黒豆の殻取りを手伝ってもらい、ようやくきれいな豆が取り出せた。でも、やはり例年より小さく虫に食べられた痕もある。それでもおせちと玄米に入れる分はあるだろう。

大根で大根寿司を作っていたが、今年は浅漬けのたくわんだけでも作ろうかとストーブの周りで干し始めた。ところが肝心の糠がないと言う。次々と不測の事態が出てきた。そこで考えた。自家製の糀がある。それで漬物にしよう。魚を入れれば大根寿司もどきになるだろう。

朝から雪が降っている。これが根雪になるだろうか。今年の積雪は多いのか、もし豪雪だったら除雪車が入れないかもしれない。元旦の地震が思い出され、あの時の恐怖は今も私の中に残っている。


ノーベル平和賞と保阪正康

2024-12-12 10:11:02 | 日記

あまり世界情勢や政治に対し知識や情報を知らない私が言うのも気がひけるが、保阪氏の講義に後押しされ一市民としての考えを書いてみようとした。

日本被団協がノーベル平和賞を受賞した。長年の願いが叶えられたのだが、これがこれからの平和に繋がるようにと訴えた。世界は今いろいろな問題を抱えている。戦争のきっかけは何だったのか、そこには深い事情があったのだろうが、第2次大戦を仕掛けたのは日本であり、原爆投下前に白旗を上げなかったことが大きな被害になった。そこをやはり言うべきだったと思う。

戦争は勝者も敗者もない、双方とも正当化できない。一度始まると誰も止めることができない戦争。そこに人間の弱さがある。戦時となると人は鬼となる。第二次大戦を決めた東条英機はその夜泣いていたと妻が語っている。それでも止めることはしなかった、と言うよりできなかったのだろう。それが私たち人間の正体だろう。

初めからしなければいいのに、人間の欲望、自尊心、歴史など何かのきっかけで始まる戦争。人間の本能とは平和より争いを選ぶのか。そこに勇気と英断で避けられないのか。

保阪氏は日本の悪いところ、政治家のみならず、一般市民の意識のなさを指摘している。本当に人間は弱い、それを知ることが平和の道かもしれない。


新聞

2024-12-08 13:02:52 | 日記

震災は思わぬところにも波及していた。私は甲府にいた時から朝日新聞を愛読していた。と言っても端から端まで読んでいたわけではないが、日常にはなくてはならないものだった。ここに来ても新聞はあった。しかしそれは郵便配達されるもので、新聞代の他に郵送代もあった。地元の新聞であれば配られたが、輪島でも朝日を購読する人は少なく、配達となっていた。

ところが、震災によってその手配をしてくださった方が被災されその業務が8月で終わると連絡があった。そこで石川の朝日新聞社から、七尾の中日新聞配達の方に連絡を取りその手配をしてくださった。話し合いの結果、県道のところに新聞受けを設置して、そこに入れてくださることになり、そこまではこちらが取りに行くことになった。

今まで配達の手配をしてくださった地元の方、そして朝日新聞なのに中日の新聞の方が関わってくださったお陰でまた新聞を購読することができるようになった。今までお世話になった方ともうお会いできないのは、やはり寂しい。一つの震災が一つのつながりを作ったり切れたりするのを知った。

9、10、11月、約3ヶ月新聞のない暮らしは、なにか落とし物をしたような、何か欠けた淋しい思いをしていた。今はネットもあり新聞はもうひと昔のものとなってしまったのだろうか。私はやはり紙という媒体、そしてその空間がやはり好き。ニュースだけでなく、その一時は新しい世界を見せてくれる。今日は雪が降ってまだ新聞を取りに行っていない。約400メートル、もうちょっとあるかな。毎日のいい運動になればと思っている。