震災は思わぬところにも波及していた。私は甲府にいた時から朝日新聞を愛読していた。と言っても端から端まで読んでいたわけではないが、日常にはなくてはならないものだった。ここに来ても新聞はあった。しかしそれは郵便配達されるもので、新聞代の他に郵送代もあった。地元の新聞であれば配られたが、輪島でも朝日を購読する人は少なく、配達となっていた。
ところが、震災によってその手配をしてくださった方が被災されその業務が8月で終わると連絡があった。そこで石川の朝日新聞社から、七尾の中日新聞配達の方に連絡を取りその手配をしてくださった。話し合いの結果、県道のところに新聞受けを設置して、そこに入れてくださることになり、そこまではこちらが取りに行くことになった。

今まで配達の手配をしてくださった地元の方、そして朝日新聞なのに中日の新聞の方が関わってくださったお陰でまた新聞を購読することができるようになった。今までお世話になった方ともうお会いできないのは、やはり寂しい。一つの震災が一つのつながりを作ったり切れたりするのを知った。

9、10、11月、約3ヶ月新聞のない暮らしは、なにか落とし物をしたような、何か欠けた淋しい思いをしていた。今はネットもあり新聞はもうひと昔のものとなってしまったのだろうか。私はやはり紙という媒体、そしてその空間がやはり好き。ニュースだけでなく、その一時は新しい世界を見せてくれる。今日は雪が降ってまだ新聞を取りに行っていない。約400メートル、もうちょっとあるかな。毎日のいい運動になればと思っている。


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