いつもだと冬に行われる佐野顕明さんの勉強会が先日行われた。今までは雪に覆われたよろみしか知らないと部屋からも外を何度も眺めていた。同じところでも季節が違うと景色が変わるのが興味深かったようだ。

今回は「只」ただ念仏を唱える。その只が曲者だった。迷いや苦しみから逃れるためのものではない。そこに我が入るともう我執でしかない。それはどうあがいても自分がある。それは気づきしかない。もともとある自分の中の仏性にあると。「うーん。」
説明を聞いても分からない。でも聞き続けることが重要とか。結局、人は何者か、どう生きるか、と言う存在に関わってくる。生かされているこの自分を深く問う、ことだろうか。

梅がようやく満開となり、山の雑木も仄かに色めいてきた。畑はようやくじゃがいもが植えられ、ビニールハウスには夏野菜の種がまかれる。ただ、今までの5世帯が揃わない。畑からの笑い声も少なく小さいだろう。そして田んぼは補修が行われている。さて、今年の収穫は大丈夫かな。


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