book530 真夏の方程式 東野圭吾 文春文庫 2013
東野圭吾氏(1958-)は大学で電気工学を修めたそうだ。この本には、タイトルの方程式、一酸化炭素中毒事件、大学准教授湯川学が小学生の柄崎恭平に科学的実験を披露など、工学士らしい知見が盛り込まれている。
・・物理学者湯川学の登場する作品はガリレオシリーズと呼ばれ、真夏の方程式はシリーズ6作目になる。見ていないが、ガリレオはテレビドラマ化もされていて、ガリレオシリーズの人気がうかがえる・・。
物語は、両親が仕事で留守をするあいだ、小学校5年の柄崎恭平が一人で、父の姉川畑節子と夫重治が経営する玻璃ヶ浦の緑岩荘を訪ねるところから始まる。
・・恭平から物語が始まるから、何か重要な役を演じると思えるが、じきに事件捜査の話が主になり、恭平は話の流れから遠のく。・・恭平は知らずに事件の鍵になるが、最後に湯川がみごとに決着をつける。東野流筆裁きは明快である・・。
玻璃ヶ浦が事件を解く舞台だが、事件の裏に16年前の東京荻窪で起きた仙波英俊の殺人事件、さらに20年前の東京銀座の玻璃料理店がからんでいて、捜査が進み、遠い過去の人間模様が浮き上がる。すさんだ心、思いやる心、耐える心、未来に託す心がなんとかバランスをしていたが、退職した刑事塚原正次が好意でパンドラの箱を開けてしまい、新たな事件が起きてしまった。
・・東野氏の本は3冊目だが、事件の背景に過去をからめ、暗い因縁を背負った生き様を描こうとするのも東野流か?・・。
恭平は、新幹線から在来線に乗り換えたところで、海底金属鉱物資源機構デスメックに専門家として呼ばれ玻璃ヶ浦に向かう湯川学と出会う。恭平にかかってきた携帯電話を老人に注意され、湯川は携帯電話をアルミホイルで包んで電波を遮断し、問題を解決する。
・・湯川の科学力は随所に披露される。p70で恭平に・・この世は謎に満ちあふれている、自分の力で解明できたときの歓びはほかの何物にもかえがたいと諭し、再三、恭平に数学、物理、化学の基本を教え、柄崎成美と環境保護について議論し、一酸化炭素中毒の謎を解く。工学士東野の本領発揮・・。
湯川はデスメックが用意した宿を嫌い、恭平の持っていた緑岩荘の地図を見て、緑岩荘に宿を変える。
川畑夫妻の一人娘で30歳になる成美は、恭平を玻璃ヶ浦駅で出迎えたあと、デスメックが玻璃ヶ浦で進めようとしている金属鉱物資源調査の説明会に向かう。
成美は中学3年のときに東京から玻璃ヶ浦に移ってきて、玻璃ヶ浦の海の魅力に夢中になり、緑岩荘を手伝いながら、環境保護活動に参加していた。
緑岩荘には玻璃の海を描いた絵が飾られている。湯川はこの絵がどこから描かれたか、疑問に感じる。
緑岩荘に宿泊を予約していた塚原正次が玻璃ヶ浦資源開発調査説明会に参加していて、成美と目が合う。・・塚原はのちに元警視庁捜査一課刑事と分かる。
夕食を終えた湯川が川畑節子に案内された居酒屋で飲んでいると、成美と環境保護活動のリーダー格沢村元也が現れる。沢村は節子を軽トラで緑岩荘に送り、軽トラを置いてから居酒屋に来る。
足が悪く、酒を控えている重治は恭平を花火に誘う。
湯川と成美が緑岩荘に戻ると、塚原が出かけたまま帰らないことを知らされる。
翌朝、玻璃ヶ浦の堤防下の岩場で塚原の遺体が見つかる。玻璃警察署の見立てでは、酔い覚ましに堤防を上り、誤って転落し息を引き取る、事件性はなさそうだ、であった。
連絡を受けた塚原の妻早苗と、塚原の警視庁時代の後輩で、いまは捜査一課管理官に昇進した多々良が玻璃警察署に来る。遺体を見た多々良は死んでから転落と直感し、塚原の遺体を解剖に回す。
その後の精査で、一酸化炭素ヘモグロビン濃度が致死量を上回っていて、睡眠導入剤も服用されていたことが判明する。
警視庁からの連絡を受け、県警主導で玻璃警察署に捜査本部が置かれる。塚原はどこで一酸化ガスを吸ったのか、妻早苗の話では環境問題に関心がなかったらしいが塚原はなぜ玻璃ヶ浦資源開発調査説明会に参加したのか、ほかにリゾートホテルがあるのに緑岩荘を選んだのはなぜかなどの、捜査が始まる。
聞き込みで、塚原は東玻璃駅に近い高台の斜面に建っている仙波英俊が住んでいた別荘を見ていたことが分かる。
塚原の死に不審を抱いた多々良は、湯川と同級生の草薙刑事に独自の捜査を指示する。
県警捜査本部から連絡を受け、草薙と補佐の内海は仙波英俊の事件記録「仙波が金銭トラブルで元ホステスの三宅伸子を荻窪の路上で殺した」を読み返す。仙波逮捕は捜査一課刑事塚原だった。
多々良は、塚原が退職するとき仙波の事件が記憶に残っていると話していたことを思い出す。
草薙と内海は殺人事件の背景をたどり、仙波の所在を探す。湯川から草薙に、川畑重治を調べろと連絡が入る。
ネタバレしないように草薙、内海の得た手がかりを順不同にまとめる。
仙波英俊は、調布の柴本総合病院のホスピス病棟に収容されていた。収入がなく、末期脳腫瘍の仙波の入院手続きも費用も塚原が面倒をみていた。・・なぜ塚原は自分で捕らえ、刑期を終えた仙波の面倒を見るのか?。これが事件の鍵であり、説明しすぎるとネタがばれるので、読んでのお楽しみに・・。
仙波は仕事が順調で羽振りがよかったころ、川畑節子、三宅伸子がホステスをしていた銀座のバーによく出かけた。
仙波の妻の出身地は玻璃だったので、仙波は銀座の玻璃料理店をひいきにしていた。川畑節子はホステスを止めたがっていたので、玻璃料理店に紹介したところ、料理が上手で美人なので、節子目当ての客が増えた。
玻璃出身の川畑重治はビジネスマンで、玻璃料理を食べに来ていて、節子を口説き、結婚した。
川畑の勤め先には東京王子に社宅があったが、重治は名古屋に単身赴任となり、節子と成美は東京荻窪に住んでいた。・・なぜ、社宅に住まないのか?
金づかいの荒い三宅伸子は寸借詐欺を重ねバーを解雇され、金に困っていた。
仙波は妻の郷里である玻璃に別荘を買うが、妻は癌が進行、玻璃の海の絵を残して他界する。仙波は東京に戻り昔なじみのバーで飲んでいて、三宅に会い、口論となる。・・金銭トラブルの口論が原因で人を殺すのか?
話は飛んで、川畑夫妻が玻璃警察に自首する。重治は、緑岩荘の地下ボイラーの不完全燃焼で塚原の部屋に一酸化ガスが流れ込み中毒死していた、気が動転した重治は事故死に偽装しようとし、節子を乗せて戻った沢村が遺体を軽トラで運んで堤防から落とした、と証言する。川畑重治、節子、沢村の証言に矛盾はなく、捜査本部では業務上過失致死と死体遺棄で幕引きしようとする。
終盤で湯川に真相の名推理を語らせるが、湯川も草薙もこの推理を封印する。最後に、湯川は恭平に「・・君が何らかの答えを出せる日まで私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続けよう。忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない」と話す。
大岡裁きに似た人情味あふれる結末で締めくくる東野氏の筆裁きは快調である。 (2021.5)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます