yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

浅田次郎著「プリズンホテル」

2021年04月08日 | 斜読

book528 プリズンホテル 浅田次郎 徳間書店 1993    
 webのおすすめの本に「プリズンホテル」が推薦されていた。浅田次郎氏(1951-)の本は読んだことはなかったが、文学書受賞、映画化、テレビドラマ化で名前は何度も見ている。
 タイトルから監獄が舞台か?と想像しながら頁を開いたら、奥湯元プリズンホテルの平面図が現れた。3階建てで、1階に極楽の湯と半混浴の露天風呂、大宴会場、カラオケバーなど、2階に特別室紅葉と菊、萩などの客室、3階に特別室富士見と杉、楓、檜などの客室が並んでいる。どこにでもあるホテルのように見える。
 ところが注書きに、「・・不慮のガサイレ、カチコミの際には・・」、「客室のドアは鉄板、窓には防弾ガラス・・不審人物、代紋ちがい・・」と書かれ、ヤクザの登場を予感させる。

 次の頁には、1仲蔵親分は偏屈な小説家に向かって言った-「おめえでさえ世間様から先生なんて呼ばれるんだぜ。この俺がホテルのひとつやふたつブッ建てたって、何のふしぎもあるめえ」と頁いっぱいに大書きされている。・・浅田氏は最初から読み手の度肝を抜こうとしているようだ・・。
 以下、2偏屈な小説家はテレ・メッセージを入れた-「これから旅に出る。一緒に行きたかったら上野駅の翼の像の前に来い。十時から十分だけ待つ」
 3番頭は湯上がりの客に向かって言った-「おいてめえら、こちらが今度、うちのオヤジさんの肝煎りでホテルを取りしきる支配人さんだ。あいさつしとけよ」
 4若林孝明氏は夫人に向かって言った-「どうも妙だ。おい志保、そのホテルは本当に大丈夫なのだろうか。変わったことがなければいいが」
 5番頭は拳を突いて言った-「当ホテルにゲソつけられましたお客人は身内も同然。誠心誠意、命がけで尽くさせていただきやす」
 6荒れくれただみ声が全館に流れた-「業務連絡!ただいま親分が到着されました。全従業員、業界関係者、ならびに任侠団体客はただちにロビーに集合してください」
 7目のすわった家族連れが真夜中の玄関に立った-「静かな部屋・・・・あいてますか。酒と、食事も・・・・」
 8湯煙の中で、謎の旅人は重たい口を開いた-「あいにく、代紋ちがいのにいさん方に問われて名乗れる身分じゃござんせん。わけあって旅かけておりやすんで」
 9偏屈な小説家は露天風呂の竹囲いをおそるおそる指さした-「誰かが覗いている・・・・おじさん、やっぱり見てるよ、ほら」
 10番頭が支配人に言いきかせるように呟いた-「上の者が白いと言やあ、黒いカラスも白いのがあっしらの渡世です。支配人さんをないがしろにすりゃあ、指の一本や二本とぶのはァ当たりめえのこって」
 11暴走族は父親に向かって言った-「おめーらマジかよ。この山ン中に落ち着くだとー。信じらんねーよなー、これじゃネンショーにでも行ってた方が、まだましだぜ」
 12謎の旅人は自らを嘲るように言った-「シャバに出てきてみたら、代紋がなくなちまってましてね。何のために懲役かけたんだかわかりゃしません。笑い話ですわ」
 13仲居は銀の十字架を慄わせた-「コンナ嵐ノ晩ニハキマッテ出ルノヨ。首吊ッテ死ンダ家族ノ幽霊。サッキモ三階ノ廊下ヲ、歩イテ行ッタ」
 14シートの下から姿を現したバイクに、暴走族は目をみはった-「よく見ろ。カワサキって書いてあるだろう。1966年製カワサキW1。OHVバーチカルツインエンジンを搭載した伝説の名車だ」
 15板長はそう言ってみごとな会席膳を勧めた-「ねえ旦那さん、成仏するなんてことは言わずに、ずっとこの部屋にいらして下さいよ」
 16旅人はリボルバーの銃口を刺客の喉元に押し込んだ-「おお、殺ったろうじゃねえか。ヘタ売っての懲役じゃ、てめえも返り討ちに合った方がましだろう。死ね」
 17偏屈な小説家はふいに恐ろしいことを言った-「もしや七代前に、誰かが坊主でも殺しゃしなかったか」、と物語は展開する。
 
 筋書きや幽霊の登場に破茶滅茶さを感じないでもないが・・破茶滅茶はワープロで漢字変換ができないから死語になったかも知れない・・、登場人物のキャラクターや、背負っている苦渋は身近に見聞きすることが少なくなく、いつの間にか共鳴し、次の展開が気になり、読み通した。・・浅田氏の術にはまってしまったようだ・・。
 多くの人が共感したらしく好評で続編が出版され、最初の「プリズンホテル」はのちに「プリズンホテル夏」と改題され、以下秋、冬、春が出版され、文庫本も出版された。人気のほどがうかがえる。

 上記した節ごとのタイトルでも物語の流れが想像できようが、さわりを抜き書きする。
 四代続いたあじさい旅館があった。初夏のあじさいと鮎料理が名物で賑わった。先々代が現在の板長である梶平太郎を引き取り、育てる。先代が借金をして現在のホテルに建て替えたが、悪い金貸しに狙われ、ついに富士見の間で一家心中してしまう。

 江戸時代から続く博徒の関東桜会五人衆の筆頭、木戸組長の木戸仲蔵は、総会屋の手腕も高く、新洋商事などの総会を仕切っていた。
 仲蔵はあじさい旅館を助けようとしたが間に合わず、ぞの無念を晴らすために金貸しを追い出し、一般のホテル、旅館には泊まれない極道者を相手にした任侠団体専用の奥湯元あじさいホテル、通称プリズンホテルとして再建する。
 この本では、関東桜会大曽根一家30-40人と、懲役を終えた旅人矢野政男が泊まっている。
 
 木戸仲蔵の2つ上の兄の子=甥が木戸孝之助で、この本は孝之介の一人称で話が始まるから主人公かと思ったが、孝之介が三人称で描かれたり、ほかの登場人物が一人称になったり、自在に主役が変わる。・・浅田氏の読み手を翻弄する戦術であろう。
 孝之介が小さいころ、母は夫と子を捨て、バイクの後ろに乗って家を出る。そのことが精神的なダメージになり、後添いの母富江、月20万円で囲った田村清子にハラスメント、目を背けたくなるような暴力をふるっている。・・暴力の表現は止めた方がいい・・。
 孝之介は捨てた母への思いを日記に付けようと決心し、一日も欠かさず日記を書いた。その日記力のお陰でもの書きになり、極道小説『仁義の黄昏』が大ヒットして、映画化されることになる。
 孝之介は仲蔵叔父に誘われ、小説を書くため清子を秘書として連れ、あじさいホテル2階特別室紅葉に泊まる。
 終盤、孝之介はあじさいホテル女将が母と確信し、取り乱して仲蔵に殴りかかる。・・どんな決着になるか・・。

 新洋商事財務部長を定年退職した若林孝明が志保夫人とともに、フルムーンであじさいホテルに着く。志保は万事が杓子定規の夫に嫌気をさしていて、離婚を宣言する覚悟をしていた。夫への決別の意思は硬い。・・熟年離婚はよくありそうな話である・・。

 工卒の小田島仙次は手先が器用+まじめで、墨東ビルサービスを興し高層ビルの保守を請け負っていたが、新洋商事の仕事が停止になり、連帯保証人になった会社の倒産で債務が追い打ちをかけ、ついに妻八重子と乳呑み児、腎炎で透析の必要な娘、まだ小さい息子を道連れに一家心中をしようとする。死に場所を探していて、あじさいホテルを見つける。
 黒田副支配人=木戸組若頭はその気配に気づき、3階富士見の間へ案内する。
 ・・取引停止、連帯保証人などで一家心中といった話もありそうである・・。

 赤坂クラウンホテルで誠実に働いてきた花沢一馬は、酔客の寝タバコのボヤだったが几帳面に職務を果たそうと客全員を避難させ消防を呼んだため大事になり、10年間、地方ホテルを転々とさせられた。突然の辞令で、あじさいホテルの支配人になる。
 住まいは一家心中した元経営者の家で、妻は広い家、景色の良さに喜ぶ。
 地方を転々していてぐれてしまった息子繁は父に反抗し悪態をつき、暴走族でいきがる。・・これもありそうな話である・・。

 ワケアリの人々があじさいホテルに集まってきた。浅田氏がどんな結末に持って行くかは読んでのお楽しみに。
 本を通して社会の不正を断罪するわけではない。物語に高邁な思想を託しているわけでもない。文中に歴史や地誌や文化や芸術などの知見を織り込んでもいない。にもかかわらず、登場人物の抱える人生の負い目、悲喜劇は身近にありそうで親近感を覚えてしまい、それが摩訶不思議と解消されていく結末に安堵してしまった。
 浅田氏の現代版浪花節の筆裁きは明快である。続編「プリズンホテル秋」も読み始めた。  (2021.4)

コメント
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