yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

2020.2 御年89才人間国宝野村万作の狂言を観る

2020年03月11日 | 旅行

2020.2 野村万作の狂言の世界「魚説法」「二人袴」 日本の旅・埼玉を歩く
 私の住むマンションの隣の隣の区画に、区役所、図書館、ホール、ギャラリーなどを併設した複合施設がある。
 ホールは1階席、2階席、計400席ほどと小ぶりのため舞台を身近に感じることができるので、コンサートや公演によく参加する。
 毎年2月に、「野村万作の狂言の世界」と題した狂言が催される。
 能と狂言は、子どものころ学校教育の一環で見た記憶がある。その後は狂言に接したことはないし、ずいぶん前、薪能を見たことがあるだけで、日本の伝統芸能といわれながらも能、狂言に疎い。

 数年前、複合施設のホールで人間国宝野村万作(1931-)の狂言が催されるのを知り、さっそく観劇した。最初は狂言独特の世界観が分かりにくかったが、毎年見ていると狂言に込められた滑稽さが段々分かってくる。
 昨年の11月ごろ、狂言の予告が出たのでさっそくチケットを購入した。演者の動きを俯瞰的に見たいので、2階最前席を予約した。

 能も狂言も舞台は共通する。本舞台の広さは3間四方、すべて桧の素木造りで、正面の壁は鏡板と呼ばれ、ダイナミックな形で葉の緑も鮮やかな老松が描かれている。
 鏡板の老松は、奈良・春日大社・若宮おん祭のとき、一の鳥居近くの影向の松のもとで猿楽が演じられたことに由来するそうだ。影向はようごうと読み、神仏が姿を現すことの象徴とされる。以来、鏡板に影向の松を描くのが慣例になったそうだ。松の形は「寿」の鏡に写った字を表しているといわれる。
 2019年3月に春日大社を参拝したとき、一の鳥居近くも歩いた。影向の松は枯死し、若木が植えられ、影向の松の説明坂があったが、鏡板の松との縁には気づかず、風景に隠された歴史文化を見落としてしまった。無知無学を猛省する。

 演者は左手の鏡の間と呼ばれる部屋で衣装を整える。鏡の間には揚幕と呼ばれる暖簾のような布がかけられていて、後見と呼ばれる補佐が竹竿で揚幕を上げると演者が登場する。
 鏡の間と本舞台のあいだには橋掛かりと呼ばれる通路が設けられている。橋掛かりは、遠近感を出すため本舞台に向かって傾斜がつけられている。橋掛かりの手前には2~3本の松が置かれ、本舞台側が一の松、順に二の松、三の松と呼ばれる。高さが段々低くなっているのも遠近感の演出であり、加えて演者のすり足の目印になるそうだ。
 本舞台右奥に切戸と呼ばれる小さな出入り口が設けられていて、後見、囃子の出入り、小道具の出し入れに利用する。 

 開演時間になると、合図もなく石田幸雄が登場し、解説を始める。・・狂言は照明無し、装置無し、化粧無しなどなどの無い無い尽くしで演じられる、フッと始まり、フッと終わる、きわめて情報量が少ない、演者が座ったときは話の流れから消えたことを意味するなどの約束ごとがあるといったことをぼくとつに語り、今日の演目のポイントを紹介して、フッと切戸に消えていった。

 演目の最初は、内藤連の「海老救川」という小舞である。内藤も地謡の岡聡史、深田博治、飯田豪も切戸から出てきた。狂言師は、謡で声の訓練をし、舞で体の動きの基礎をつくるそうだから、舞、謡ともに手慣れているのであろう。5分ほどの舞を披露し、切戸に消えた。

 鏡の間の揚幕が上がり、御年89才の人間国宝野村万作=新発意(修行僧のことでしんぼちと読む)がしずしずと登場し、「魚説法」が始まる。新発意は舞台右隅に進み、腰を下ろす。つまり演技から消える。
 次に揚幕から野村太一郎=施主が登場し、橋掛かりから本舞台に出たところで、堂を建立したので堂供養を住持に頼みに来たなど語り、舞台に声高に声をかける。
 座していた新発意が立ち上がり=演技に現れ、施主に住持は留守と応える。堂供養を行いたい施主の願いを聞いた新発意は、お布施ほしさに説法を引き受ける。しかし、修行中なのでまだ説法をしたことがない。苦肉の策で、子どものころ浜辺に住んでいたことから、知っている魚の名前を織り込んで説法を始める。
 あやしげな説法に気づいた施主が新発意を追求すると、新発意はあわてふためき橋掛かりへ進む。揚げ幕が上がり、万作が退場、続いて追いかける太一郎も退場する。
 魚の名前を連ねた説法が見どころなのだが、御年89才の修行僧も見逃せない。声はよく通るし、軽くはねたり、元気な演技を見せてくれた。

 「魚説法」は15分ほどの狂言である。次の「二人袴」は20分ほどだった。能は1時間を越える演目が多いが、狂言は30分以下が多いそうだ。
 20分の休憩をはさんで「二人袴」が始まる。

 まず舅役の深田博治が登場、次いで召使いの太郎冠者である月崎晴夫が登場、舅が聟の来宅を心待ちにしていると語る・・かつては結婚後、聟が妻の実家に一人で出かけ舅に挨拶をする婿入りというしきたりがあったらしい。舅は太郎冠者に酒の用意も言い渡し、二人とも舞台右に座る=演技から消える。
 続いて聟役の飯田豪、聟の親である石田幸雄が登場し、橋掛かりで聟が心細いからと親に同行を頼む。親は家の表まで付き添い、礼装の長袴のはき方を聟に教える。慣れない長袴をはいた聟が舅宅に声をかける。舅と太郎冠者が立ち上がり=演技に加わり、太郎冠者が聟を迎え、聟が舅に挨拶する。親が送ってきてくれたことを知った舅は太郎冠者に親も迎えるよう言いつける。
 長袴が一つしか無いので、聟は太郎冠者を引き留め、自分が表に出て長袴を脱ぎ、それを親がはいて家に入り舅に挨拶する。舅は聟を呼び入れるように太郎冠者に話すと、親が太郎冠者を引き留め、表に出て聟に長袴をはかせ、入れ替わる。このあたりのやりとりが前半の見せ場であろう。
 舅が二人いっしょに入ってくるよう言い渡し、やむを得ず親と聟は長袴を二つに裂き、親と聟がそれぞれ前だけに袴を着けて挨拶にあがる。前だけの袴を着けた二人が苦労しながら酒を頂く。興が乗って舞を舞うことになり、二人は後ろを見られないようにぎこちなく舞うが、ついに太郎冠者に見つけられてしまう。
 太郎冠者の大笑いのなか、聟、親が揚幕に消え、追いかけるように太郎冠者、舅が揚幕に消えて終わになる。
 後半の見せ場は、前しかない袴でぎこちなく振る舞うが、ついに太郎冠者に見付けられ、大笑いされる様子であろう。
 
 日常の暮らしにも似たような場面がある。その滑稽さを強調して寸劇にまとめたのが狂言、といえよう。狂言を観て滑稽さを笑って終わりにするのも良し、狂言を人生教訓として省みるのも良し、見方は自由であるが、笑う門に福来たるは間違いない。
 来年も御年90才の万作狂言が楽しみである。 (2020.3)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする